「オブザーバブルの関数」と交換関係

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問題 7-14 の回答では「\(x_k\) と \(f(x_{k+1})\) とは 交換可能 と見做せる」とした.時刻 \(t=t_k\) に於ける位置 \(x_{k}\) はオブザーバブルであるので, この \(f(x_k)\) は「オブザーバブルの関数」と言える.「オブザーバブルの関数」について, ディラックの「量子力学」の § 11 と § 19 を抜粋しておこう.また,「異なる時刻での \(x_i\) 同志の交換子はゼロにならない」ことについて, J.J. Sakurai の § 2.2 の「自由粒子, エーレンフェストの定理」の一部も抜粋して示す.


11. オブザーバブルの関数

\(\xi\) をオブザーバブルとしよう.それに任意の実数 \(k\) を掛けると別のオブザーバブル \(k\,\xi\) が得られる.我々の理論が self-consistent となり得るために, 次が成り立つ必要がある:

オブザーバブル \(\xi\) を測定すると必ず \(\xi’\) となるような状態に系がある場合, その系に対してオブザーバブル \(k\,\xi\) を測定すると必ず \(k\,\xi’\) となる.

この条件が満足されることの証明は容易である. \(\xi\) の測定をすると必ず \(\xi’\) となる状態に相当するケットは \(\xi\) の固有ケットであるので \(|\xi’\rangle\) とすれば, それは次式を満たす:

\begin{equation}
\def\bra#1{\langle #1 |}
\def\ket#1{| #1 \rangle}
\def\BK#1#2{\langle #1 | #2 \rangle}
\xi\,\ket{\xi’} = \xi^{‘}\,\ket{\xi’}
\end{equation}

この方程式の両辺に数値 \(k\) を掛ければ次式となる:
\begin{equation}
k\,\xi\,\ket{\xi’} = k\,\xi’\,\ket{\xi’}
\end{equation}

これは \(\ket{\xi’}\) が固有値 \(k\,\xi’\) に属する \(k\,\xi\) の固有ケットであることを示しており, 従って \(k\,\xi\) の測定をすると必ず \(k\,\xi’\) となる.
より一般的には, \(\xi\) の任意の実関数を考えることができ, それを \(f(\xi)\) としよう.そしてそれは \(\xi\) が測定された時にはいつでも自動的に測定される新しいオブザーバブルであると考えることが出来る.なぜなら \(\xi\) の値を実験的に決定すれば \(f(\xi)\) の値も与えられるからである.\(f(\xi)\) は実数に限定する必要はない.そして, そのとき \(f(\xi)\) の実部と純虚数部は \(\xi\) が測定されると自動的に測定される2つのオブザーバブルである. 理論が矛盾がないためには, \(\xi\) を測定したときに必ず \(\xi’\) となるような状態に系がある場合, \(f(\xi)\) の実部と純虚数部の測定は必ず \(f(\xi’)\) の実部と純虚数部の結果を与える(give for:宣告する,下す)ものとする. \(f(\xi)\) が \(c_{i}\) を数値として次式のように級数展開した形に表現できる場合
\begin{equation}
f(\xi) = c_{0} + c_{1}\xi + c_{2}\xi^{2} + c_{3}\xi^{3} + \ldots,
\end{equation}

上記の条件はやはり初等的な代数によって証明できる.しかし関数 \(f\) がこれよりもずっと一般的な場合には, この条件を証明することはたぶん不可能であろう.そのときは『 \(f(\xi)\) を測定すると必ず \(f(\xi’)\) となる』という条件を「 \(f(\xi)\) の定義」として用いればよい.なぜなら,その \(f(\xi)\) は数学的にまだ定義されていないからである. このようにして, 級数展開によって与えられる関数よりもさらに一般的なオブザーバブルの関数の定義をすることが出来る.
一般的な \(f(\xi)\) は, \(\xi\) のすべての固有ケット \(\ket{\xi’}\) に対して次式を満たす線形演算子として定義する:
\begin{equation}
f(\xi)\ket{\xi’} = f(\xi’)\ket{\xi’}
\tag{11.34}
\end{equation}

ただし \(f(\xi’)\) は固有値 \(\xi’\) のそれぞれに対して1つの数値を表わしている.
\(\qquad\qquad \vdots\)
線形演算子 \(f(\xi)\) の複素共役は \(\xi\) の関数 \(\overline{f}(\xi)\), すなわち関数 \(f\) の複素共役関数 \(\overline{f}\) である.
すると必然的帰結として(as a corollary),「もし \(f(\xi’)\) が \(\xi’\) の実関数ならば \(\overline{f}(\xi’)=f(\xi’)\) であるから, このときの演算子 \(f(\xi)\) は実の線形演算子である」と言える:
\begin{align}
\bra{\xi’}f(\xi)&=f(\xi’)\bra{\xi’},\quad\text{and}\quad
\bra{\xi’}\overline{f(\xi)}=\overline{f}(\xi’)\bra{\xi’}=f(\xi’)\bra{\xi’},\\
\text{therefore} &\quad \bra{\xi’}f(\xi)=\bra{\xi’}\overline{f}(\xi)=\bra{\xi’}\overline{f(\xi)},
\quad\rightarrow\quad f(\xi)=\overline{f(\xi)}
\end{align}

このとき \(f(\xi)\) はオブザーバブルでもある.なぜならその固有状態は完全集合を形成しており, \(\xi\) の固有状態はすべて \(f(\xi)\) の固有状態でもあるからである.
上記の定義を用いると, 我々はオブザーバブルのどんな関数 \(f\) にも意味を与えることが出来る.ただしそれは, 実数を変数とする関数 \(f(x)\) が存在する領域(定義域)がそのオブザーバブルの全ての固有値を含んでいる場合のみに言えることである.
\(\qquad\qquad\vdots\)
「オブザーバブルの関数 \(f\) が定義できるためには,『\(x\) がオブザーバブルの固有値である場合には, どの \(x\) の値に対しても数値 \(f(x)\) は唯1つだけしか存在しない』ことが要求される」ことに気付くことは大事なことである.従って, その関数 \(f(x)\) は一価でなければならない.

19. オブザーバブルの関数についての定理

表示の数学的な価値を示すために, 表示を用いて幾つかの定理を証明してみることにする. (ここでは, 証明は省略する).

定理1 あるオブザーバブル \(\xi\) と交換可能な線形演算子 \(\omega\) は, \(\xi\) の任意関数 \(f(\xi)\) とも交換可能である:

\begin{equation}
f(\xi)\omega- \omega f(\xi)=0
\end{equation}

定理1 の特別な場合として次が結論される:

補題 オブザーバブル \(\xi\) と交換可能な任意のオブザーバブル \(\omega\) は, \(\xi\) の任意関数 \(f(\xi)\) とも交換可能である.

この補題を用いると, 問題 7-14 で「\(x_{k}\) と \(f(x_{k+1})\) とは 交換可能 として良い」ことが分かる.なぜなら, オブザーバブル \(\xi\) として位置演算子 \(x_{k+1}\) を, そして オブザーバブル \(\omega\) として 位置演算子 \(x_{k}\) とするならば, この補題から,
\[ f(x_{k+1})x_{k}-x_{k}f(x_{k+1})=0 \]
すなわち,「\(x_{k}\) は \(f(x_{k+1})\) と交換可能である」と言えるからである.しかし, ここで問題が発生する.それは, 位置演算子 \(x_{k}\) と位置演算子 \(x_{k+1}\) とが交換可能であることを確認しなけばならないからである.それについては, 次の節で言及しようと思う.

定理2 交換するオブザーバブルの完全集合の各要素と交換する線形演算子は, それらのオブザーバブルの関数である.

定理3 オブザーバブル \(\xi\) と線形演算子 \(g\) について「任意の線形演算子 \(\omega\) が \(\xi\) と交換するならば \(g\) とも交換する」と言えるならば, そのときの \(g\) は \(\xi\) の関数である.

オブザーバブル \(\xi\) を任意の交換するオブザーバブル集合 \(\xi_{1},\xi_{2},\dotsb,\xi_{r}\) で置き換えても, 定理1 と定理3 はやはり成立する.ただその証明に形式的な変更が必要となるだけである.

自由粒子, エーレンフェストの定理

シュレディンガー表示にせよハイゼンベルグ表示にせよ 運動方程式を用いるためには, まず適切なハミルトン演算子を構成する方法を知らなければならない.古典的対応のある物理系では, ハミルトニアンを古典物理と同じ形に仮定する.そして単に古典論の \(x_i\) や \(p_i\) を量子力学で対応する演算子に置き換える.こう仮定しておけば, 正しい古典論の方程式が古典的極限で再現できる.交換しない観測量のために曖昧さが生じたら, いつも \(H\) がエルミート的になるようにして解決する.例えば, 古典論での積 \(xp\) を量子論で書くには \(\frac{1}{2}(xp+px)\) とすれば良い.問題にしている物理系に古典的に対応するものがないとき, ハミルトン演算子の構造を決めるのは推量によるほかない.色々な形のものを試みて, 実験の観測に合う結果が導けるハミルトニアンを見出すのである.
実際に応用するに当たって, \(x_i\) (または \(p_i\)) と \(x_i\) や \(p_i\) の関数との交換子を計算する必要がしばしばある.このために次の式が役に立つ:

\begin{align}
\def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
&\big[x_i, F(\mathbf{p})\big] = i\hbar \ppdiff{F}{p_i} \tag{2.2.23a}\\
&\big[p_i, G(\mathbf{x})\big] = -i\hbar \ppdiff{G}{x_i}, \tag{2.2.23b}
\end{align}

ここで \(F\) 及び \(G\) は \(x_i\) と \(p_i\) の級数に展開できる関数である.これらは任意の3つの演算子を \(A,B,C\) とするとき, それらの交換子について成り立つ次の代数式
\begin{align}
&[A,B]=-[B,A],\\
&[A,B+C]=[A,B]+[A,C],\\
&[A,BC]=[A,B]C+B[A,C],\\
&[A,[B,C]]+[B,[C,A]]+[C,[A,B]]=0.
\end{align}

をくり返し用いることで容易に証明できる.
ここで, ハイゼンベルグの運動方程式を質量 \(m\) の自由粒子に対して適用して見よう.ハミルトニアンは古典力学と同じ形に取ることにする:
\begin{equation}
H=\frac{\mathbf{p}^{2}}{2m}=\frac{(p_x^{2}+p_y^{2}+p_z^{2})}{2m}
\tag{2.2.24}
\end{equation}

観測量 \(p_i\) と \(x_i\) はハイゼンベルグ表示の運動量及び位置の演算子である. \(p_i\) は \(p_j\) の任意の関数と交換するので,
\begin{equation}
\frac{dp_i}{dt}=\frac{1}{i\hbar}\big[p_i,H\big]=0
\tag{2.2.25}
\end{equation}

が得られる.従って,『自由粒子では, 運動量演算子は「運動の定数」である』.すなわち, \(p_i(t)\) は常に \(p_i(0)\) と同じである.一般にハイゼンベルグの運動方程式
\begin{equation}
\frac{dA^{(H)}}{dt}=\frac{1}{i\hbar}\big[ A^{(H)},H \big]
\tag{2.2.19}
\end{equation}

から明らかなように,「\(A^{(H)}\) がハミルトニアンと交換するときはいつも \(A^{(H)}\) は運動の定数である」
次に, 式 (2.2.23a) を利用すると,
\begin{align}
\def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}}
\frac{dx_i}{dt}&=\frac{1}{i\hbar}\big[x_{i},H\big]=\frac{1}{i\hbar}\frac{1}{2m}i\hbar \pdiff{p_{i}}
\left(\sum_{j=1}^{3} p_{j}^{2}\right)\notag\\
&=\frac{p_i}{m}=\frac{p_{i}(0)}{m}
\tag{2.2.26}
\end{align}

となる.つまり解として次が得られる:
\begin{equation}
x_i(t)=x_i(0) + \frac{p_i(0)}{m}t,
\tag{2.2.27}
\end{equation}

この解は, 一様な直線運動の古典的軌跡の方程式を思わせる.重要なことは,
たとえ同時刻で
\begin{equation}
\big[x_i(0), x_j(0)\big] = 0
\tag{2.2.28}
\end{equation}

であったとしても, 異なる時刻での \(x_i\) 同志の交換子はゼロにならないこと
」である.すなわち,
\begin{equation}
\big[x_i(0), x_i(t)\big]=\left[x_i(0), \frac{p_i(0)}{m}t\right] = \frac{t}{m}\big[x_i(0),p_i(0)\big]=\frac{t}{m}i\hbar
= \frac{i\hbar}{m} t
\tag{2.2.29}
\end{equation}

である.この関係式は, 何よりもまず, 粒子がたとえ \(t=0\) で十分に局在していても, その位置は時間と共にますます不確定になることを示している.この結論は, 波動力学で自由粒子の波束の時間発展の様子を調べることによっても同様に得られる.

以上の結論式 (2.2.29) を問題 7-14 の場合に適用するならば, 例えば

\begin{equation}
\big[x_{k}, x_{k+1} \big] = \frac{i\hbar}{m}\varepsilon
\tag{1}
\end{equation}

となる.しかし, 経路積分を求める時には, 最後に \(\varepsilon\to0\) の極限をとるのであった.よって,
\begin{equation}
\big[x_{k}, x_{k+1} \big] = \frac{i\hbar}{m}\varepsilon\to0
\tag{2}
\end{equation}

従って, 結局は「位置演算子 \(x_k\) と 位置演算子 \(x_{k+1}\) とは交換可能である」と考えてよいことになるであろう (!?).