演算子の時間微分

前述の問題 7-13 に関連して, ランダウ:「量子力学」の§ 9 に「演算子の時間微分」の記述が, そして, それとほとんど同じ内容がファインマン物理学Ⅴの§ 20-7 The change of averages with time にあるので, それらを抜粋しておく.ただし, 式の表現は今までの議論に合うように修正してある.

Landau-Lifshitz-picture

ランダウとリフシッツの肖像


\(\)

§ 9. 演算子の時間微分

量子力学に於ける「物理量の時間微分」という概念は, 古典力学と同じ意味に定義することは出来ない.実際に古典力学に於ける微分の定義は, 近接しているが異なった2つの時刻に於ける物理量の値の識別と関連している.ところが「量子力学に於いては, ある時刻に確定値をとる量は, それに続く時刻には一般に如何なる確定値も取らない」からである.それ故, 量子力学では時間微分の概念は違った仕方で定義されなければならず,

 量 \(A\) の時間微分 \(\dot{A}=dA/dt\) は, その「\(\dot{A}\) の平均値」が「平均値 \(\bar{A}\) の時間微分」に等しいような量である.

と定義するのが自然であろう.従って, この定義によれば,

\begin{equation}
\overline{\dot{A}}= \dot{\overline{A}},\quad \text{or,}\quad
\left\langle \frac{dA}{dt} \right\rangle = \frac{d}{dt} \langle A \rangle
\tag{9.1}
\end{equation}

この定義から出発すれば, 量 \(\dot{A}\) に対応する量子力学的演算子 \(\hat{\dot{A}}\) の標識を得るのは容易であり次となる:
\begin{align}
\def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\def\ket#1{|#1\rangle}
\def\bra#1{\langle#1|}
\left\langle \frac{dA}{dt} \right\rangle &= \frac{d}{dt} \langle A \rangle
= \frac{d}{dt} \int \psi^{*}\hat{A}\,\psi\,dq\\
&= \int \ppdiff{\psi^{*}}{t}\hat{A}\,\psi\,dq + \int \psi^{*}\ppdiff{\hat{A}}{t}\,\psi\,dq + \int \psi^{*}\hat{A}\ppdiff{\psi}{t}\,dq
\tag{1}
\end{align}

演算子 \(\hat{A}\) はパラメータ的に時間依存するようなことが有り得る: \(\hat{A}=\hat{A}(t)\).その場合の \(\partial \hat{A}/\partial t\) は, \(\hat{A}(t)\) を時間で微分することによって得られる演算子である.導関数 \(\partial \psi/\partial t\), \(\partial \psi^{*}/\partial t\) として式 (8.1) のシュレディンガー方程式及びその複素共役
\begin{equation}
\ppdiff{\psi}{t} = \frac{1}{i\hbar}\hat{H}\psi \quad\rightarrow\quad
\ppdiff{\psi^{*}}{t}= -\frac{1}{i\hbar}\big(\hat{H}\psi\big)^{*} =\frac{i}{\hbar}\big(\hat{H}\psi\big)^{*}
\tag{8.1′}
\end{equation}

を代入すると,
\begin{align}
\left\langle \frac{dA}{dt}\right\rangle &= \frac{i}{\hbar}\int \big(\hat{H}\psi\big)^{*}\hat{A}\,\psi\,dq
+\int \psi^{*}\ppdiff{\hat{A}}{t}\,\psi\,dq -\frac{i}{\hbar}\int \psi^{*}\hat{A}\big(\hat{H}\psi\big)\,dq
\tag{2}
\end{align}

となる.演算子 \(\hat{H}\) はエルミートなので \(\hat{H}^{*}=\hat{H}\) が成り立ち,
\begin{equation}
\int \big(\hat{H}\psi\big)^{*}\hat{A}\,\psi\,dq = \int \big(\psi^{*}\hat{H}^{*}\big)\hat{A}\,\psi\,dq = \int \psi^{*}\hat{H}\hat{A}\,\psi\,dq
\tag{3}
\end{equation}

従って,式 (2) は次となる:
\begin{align}
\left\langle \frac{dA}{dt}\right\rangle &= \frac{i}{\hbar}\int \psi^{*}\hat{H}\hat{A}\,\psi\,dq
+\int \psi^{*}\ppdiff{\hat{A}}{t}\,\psi\,dq -\frac{i}{\hbar}\int \psi^{*}\hat{A}\hat{H}\psi\,dq\\
&= \int \psi^{*}\left(\frac{i}{\hbar}\hat{H}\hat{A}+\ppdiff{\hat{A}}{t}-\frac{i}{\hbar}\hat{A}\hat{H}\right)\psi\,dq
\tag{4}
\end{align}

他方, 当然ながら平均値の定義によって
\begin{equation}
\left\langle \frac{d\hat{A}}{dt}\right\rangle=\int \psi^{*} \frac{d\hat{A}}{dt}\psi\,dq
\tag{5}
\end{equation}

である.以上の式 (4) と式 (5) から, 被積分関数のカッコの中にある表式は, 明らかに求める演算子 \(d\hat{A}/dt\) である:
\begin{equation}
\frac{d\hat{A}}{dt}= \ppdiff{\hat{A}}{t} + \frac{i}{\hbar}\big(\hat{H}\hat{A}-\hat{A}\hat{H}\big)
\tag{9.2}
\end{equation}

もしも演算子 \(\hat{A}\) が時間にあらわに依存しなければ, \(d\hat{A}/dt\) は結局, 乗数因子を除いて「\(\hat{A}\) とハミルトニアン \(\hat{H}\) との交換子に帰着される」ことに注意しよう:
\begin{equation}
\frac{d\hat{A}}{dt}= \frac{i}{\hbar}\big[ \hat{H},\,\hat{A} \big]
\tag{6}
\end{equation}

( この方程式は「ハイゼンベルグの運動方程式」の形になっている. )

平均値の時間的変化 (The change of averages with time)

平均値が時間と共にどのように変わるかについて話をしよう.ある状態 \(\ket{\psi}\) に於ける \(\langle A \rangle_{av}\) を計算するとしよう.これは,

\begin{equation}
\langle A \rangle_{av}= \bra{\psi}\hat{A}\ket{\psi}
\tag{20.76}
\end{equation}

で与えられる.この \(\langle A \rangle_{av}\) はどのように時間に依存しているであろうか.また, なぜ時間と共に変化しなければならないのであろうか?.その理由の一つは, 演算子自身が時間に生に依存しているかも知れないことにある — 例えば, その演算子が \(V(x,t)\) のように時間的に変化するポテンシャルと関係している時がそうである.しかし, たとえその演算子が, 例えば演算子 \(\hat{A}=\hat{x}\) のように, 時間に依存していなくても, それに対応する平均値は時間に依存しているかも知れない粒子の平均位置が動き得ることは確かなことである. \(\hat{A}\) が時間依存性を持たないのに, 式 (20.76) からそのような運動がどのようにして出て来るのであろうか? そう, 状態 \(\ket{\psi}\) が時間的に変化し得るからである.非定常的な状態の場合には, その時間依存性を明確に示すために状態を \(\ket{\psi(t)}\) と書こう.そして「\(\langle A\rangle_{av}\) の変化の割合」が\(\hat{\dot{A}}\) と書かれる新しい演算子によって与えられることを示すことにしよう.\(\hat{\dot{A}}\) は演算子であることを思い起こされたい.従って, \(A\) の上にドットを置くことは, ここでは時間微分を取ることを意味しているのではなくて,
\begin{equation}
\frac{d}{dt}\langle A \rangle_{av} = \bra{\psi} \hat{\dot{A}} \ket{\psi}
\tag{20.77}
\end{equation}

によって定義される「新たな」演算子 \(\hat{\dot{A}}\) を書き表わす一つの方法なのである.
従って, 問題はこの演算子 \(\hat{\dot{A}}\) を求めることである.
まず初めに, 状態の変化の割合はハミルトニアンによって与えられるのであった(シュレディンガーの運動方程式):
\begin{equation}
i\hbar\frac{d}{dt} \ket{\psi(t)} = \hat{H}\ket{\psi(t)}
\tag{20.78}
\end{equation}

これは, ハミルトニアンの元々の定義
\begin{equation}
i\hbar \frac{dC_i}{dt}= \sum_j H_{ij}C_j
\tag{20.79}
\end{equation}

を抽象的な形で書いたものである.この方程式の複素共役をとった結果は,
\begin{equation}
-i\hbar \frac{d}{dt}\bra{\psi(t)} = \bra{\psi(t)}\hat{H}
\tag{20.80}
\end{equation}

と同等である.次に, 式 (20.76) の \(t\) に関する微分を取るとどうなるかを調べよう.それぞれの \(\psi\) だけでなく, 演算子 \(\hat{A}\) そのものも時間 \(t\) に依存しているとすれば,
\begin{equation}
\frac{d}{dt}\langle A \rangle_{av} = \left(\frac{d}{dt}\bra{\psi}\right)\hat{A}\ket{\psi}+\left\langle \psi \left| \ppdiff{\hat{A}}{t}\right| \psi\right\rangle + \bra{\psi}\hat{A}\left(\frac{d}{dt}\ket{\psi}\right)
\tag{20.81}
\end{equation}

となる.最後に, 式 (20.78) と式 (20.79) の2つの方程式を用いて微分を書き換えると,
\begin{equation}
\frac{d}{dt}\langle A \rangle_{av} = \frac{i}{\hbar}\bra{\psi}\hat{H}\hat{A}\ket{\psi}+\left\langle \psi \left| \ppdiff{\hat{A}}{t}\right| \psi\right\rangle -\frac{i}{\hbar}\bra{\psi}\hat{A}\hat{H}\ket{\psi}
\tag{1}
\end{equation}

を得る.この方程式は次と同じものである:
\begin{equation}
\frac{d}{dt}\langle A \rangle_{av} = \left\langle \psi\left| \left\{\frac{i}{\hbar}\big(\hat{H}\hat{A}-\hat{A}\hat{H}\big)+\ppdiff{\hat{A}}{t}\right\}\right|\psi\right\rangle
\tag{2}
\end{equation}

この方程式を式 (20.77) と比較すると,次であることが分かる:
\begin{equation}
\hat{\dot{A}}=\frac{i}{\hbar}\big(\hat{H}\hat{A}-\hat{A}\hat{H}\big)+\ppdiff{\hat{A}}{t}
\tag{20.83}
\end{equation}

これは, 我々にとって興味のある命題であって, この方程式は任意の演算子 \(\hat{A}\) に対して成立する.

式 (20.83) が本当に意味を持つものかどうかを, 何かの例題をやることで調べて見ることにしよう.例えば, \(\hat{x}\) に対応する演算子と言うものはどんなものであろうか?.\(\hat{x}\) そのものは時間依存性を持たないから, それは

\begin{equation}
\hat{\dot{x}}= \frac{i}{\hbar}\big(\hat{H}\hat{x}-\hat{x}\hat{H}\big)
\tag{20.84}
\end{equation}

であると言っている訳であるが, これは何であろうか?.それを明らかにする一つの方法は, \(\hat{\mathscr{H}}\) という代数的な演算子を利用して, 全てを座標表示で計算することである.この表示では, 右辺の交換関係は次のように表される:
\begin{equation}
\hat{\mathscr{H}}x-x\hat{\mathscr{H}} = \left\{-\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{d^{2}}{dx^{2}} + V(x)\right\} x – x \left\{-\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{d^{2}}{dx^{2}} + V(x)\right\}
\tag{3}
\end{equation}

これを任意の波動関数 \(\psi(x)\) に作用する:
\begin{align}
\big(\hat{\mathscr{H}}x-x\hat{\mathscr{H}}\big)\psi(x)
&=\left\{-\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{d^{2}}{dx^{2}} + V(x)\right\} x\psi(x) – x \left\{-\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{d^{2}}{dx^{2}} + V(x)\right\}\psi(x)\\
&= -\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{d^{2}}{dx^{2}}x\psi(x) + V(x)x\psi(x)+x\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{d^{2}\psi(x)}{dx^{2}}-xV(x)\psi(x)\\
&=-\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{d^{2}}{dx^{2}}x\psi(x) +x\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{d^{2}\psi(x)}{dx^{2}}
\tag{4}
\end{align}

このとき, 第1項の微分は次となることに注意する:
\begin{align}
\frac{d}{dx}x\psi &= \psi + x\frac{d\psi}{dx},\\
\frac{d^{2}}{dx^{2}}x\psi &=\frac{d}{dx}\left(\frac{d}{dx}x\psi\right)= \frac{d}{dx}\left(\psi + x\frac{d\psi}{dx}\right)\\
&=\frac{d\psi}{dx}+\frac{dx}{dx}\frac{d\psi}{dx}+x\frac{d^{2}\psi}{dx^{2}}=2\frac{d\psi}{dx}+x\frac{d^{2}\psi}{dx^{2}}
\tag{5}
\end{align}

従って式 (4) は,
\begin{align}
\big(\hat{\mathscr{H}}x-x\hat{\mathscr{H}}\big)\psi(x)
&=-\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{d^{2}}{dx^{2}}x\psi(x) +x\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{d^{2}\psi(x)}{dx^{2}}\\
&= -2\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{d\psi(x)}{dx}-\frac{\hbar^{2}}{2m}x\frac{d^{2}\psi(x)}{dx^{2}}+x\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{d^{2}\psi(x)}{dx^{2}}\\
&=-\frac{\hbar^{2}}{m}\frac{d\psi(x)}{dx}
\tag{6}
\end{align}

よって,
\begin{equation}
\frac{i}{\hbar}\big(\hat{\mathscr{H}}x-x\hat{\mathscr{H}}\big)\psi(x)=\frac{1}{m}\frac{\hbar}{i}\frac{d\psi(x)}{dx}
\tag{7}
\end{equation}

ところが, 式 (20.60) の運動量演算子 \(\hat{p}_x\) の代数的な演算子 \(\hat{\mathscr{P}}_x\) を波動関数 \(\psi(x)\) に作用させた式は次となるのであった:
\begin{equation}
\def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}}
\hat{\mathscr{P}}_x\psi(x)=\frac{\hbar}{i}\pdiff{x}\psi(x)=\frac{\hbar}{i}\frac{d\psi(x)}{dx}
\tag{8}
\end{equation}

従って式 (7) は,
\begin{align}
&\frac{i}{\hbar}\big(\hat{\mathscr{H}}x-x\hat{\mathscr{H}}\big)\psi(x)=\frac{1}{m}\frac{\hbar}{i}\frac{d\psi(x)}{dx}
=\frac{1}{m}\hat{\mathscr{P}}_x\psi(x),\\
&\rightarrow\quad \frac{i}{\hbar}\big(\hat{H}\hat{x}-\hat{x}\hat{H}\big)=\frac{1}{m}\hat{p}_x
\tag{9}
\end{align}

よって, 最終的に式 (20.84) は次となる:
\begin{equation}
\hat{\dot{x}}=\frac{i}{\hbar}\big(\hat{H}\hat{x}-\hat{x}\hat{H}\big)=\frac{\hat{p}_x}{m}
\tag{20.86}
\end{equation}

何と綺麗な結果であることか!.これは「\(x\) の平均値が時間的に変化しているとき, その重心の移動は平均運動量を質量 \(m\) で割ったものに等しいということを意味している」.これは正確に, 古典力学の示す結果と一致している.ただし, この結果はあくまで「平均量を与える演算子 \(\hat{\dot{x}}\) に対する法則である」ことを忘れてはいけない!.