問題 7-13 問題文の「演算子で表現される任意の量(物理量)」は, すなわち「観測量」のことである.量子力学で考える「物理量」の説明は, 町田茂:「基礎量子力学」の§ 3.4 に書かれていた:
系の「状態」はどのようにして指定されるかというと, それはその系の「物理量」がどのような「測定値」を持つかによっている.「物理量」というのは, 粒子の位置・運動量・エネルギー・角運動量・電荷などのように, 測定によって直接あるいは間接に値を知ることのできる, 系あるいは粒子の属性のことである.「物理量の測定」は, 「どの物理量か」と言う事と「どの状態に於いてか」と言う2つの事から決まる.また, どのような状態に於いてどのような「測定値」をとるかを全て指定すれば状態は決定されるはずだから, 「状態」と「物理量」とは相互に規定し合う関係にある.
この「物理量」について調べているとき, 「オブザーバブル」と「力学変数」の違いが少し分かり難く感じた.「オブザーバブル」すなわち「観測可能量」は,「ディラック」の「量子力学」によって導入されたようで, その第2章の表題が「力学変数とオブザーバブル」となっている.そこで「メシア」及び「ディラック」の「量子力学」を順に読んで行く過程で, 関係項目でこれはと思ったものを抜き出してまとめておくことにする.
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古典的原則
20世紀初めまでの物理学者たちに広く採用された「古典的原則」( classical doctrine ) は, 次のようである:
- ある物理系の変化を述べたいときには, その系に幾つかの量, すなわち「力学変数」 を結び付ける.これらの変数は全て, 各瞬間に「はっきり決まった値」 ( a well-defined value ) を取り, この値を全部与えると, その瞬間に於ける系の力学状態が定まる.
- 更に, 「与えられた初めの瞬間の物理系の状態がわかっていると, 時の経過による系の変化は完全に決定される」ということを承認する.これをより正確に数学的に表現するならば 「力学変数は時刻の関数として1階の微分方程式に従う」と言うことである.
- 従って, 古典理論物理学の工程は「問題になっている系の力学変数を数え上げ, 次に実験的観測に合うようにその変化を予想する運動方程式を見つけること」であった.
古典解析力学
- 古典系の力学状態は, その系の自由度を \(R\) とすると, 座標 \(q_1,q_2,\dotsb,q_R\) で定められるその「位置」と, 時間に対する座標の変化率 \(\dot{q}_1,\dot{q}_2,\dotsb,\dot{q}_R\) で定められるその「速度」によって決定される.
ハイゼンベルグの考え方
行列力学の出発点となったハイゼンベルグの考え方は次のようである:
- 全ての物理理論に於いて, 「物理的に観測できる概念および量」とそうでない概念および量とは, はっきり区別する必要がある. ( 例えば, ボーアが導入した「電子軌道」の概念は実験的基礎を欠くものである.)
- 「物理的に観測できる概念および量」は必ず理論に中に具体的な形で現れなければならないが, 「そうでない概念および量」は修正されたり捨てられたりしても差し支えない.微視的現象について満足すべき理論を作るときには, 出来る限り「物理的に観測できる概念および量」だけから出発しなければならない.
- ハイゼンベルグ, ボルン, ヨルダンの「行列力学」は電子軌道の概念を捨てる.この理論では, 原子から放出される輻射の振動数や強さのような「物理的に観測されるデータ」だけから出発し, 各物理量には「ある行列」を結び付ける.
- ボーアによれば,『原子はいくつかの「定常状態」でだけ存在できる.エネルギーは飛躍をくり返して変化するだけであり, 各々の飛躍は一つの定常状態からもう一つの定常状態へ「遷移」することに相当する』.
オブザーバブル
ディラックから, 主な記述を順に抜粋する:
- 量子力学に於ける状態と力学変数とは, 普通に物理学で用いるものと異なる性質の数学的な量で表されなければならない.量子力学では「重ね合わせの原理の数学的な定式化」が必要であり, 次の仮定をする:
1. ある特定の時刻に於ける力学系のどんな状態も各々が一つのケットベクトルに対応している.その対応の仕方は次のようである:「状態 \(R\) が他の幾つかの状態の重ね合わせの結果生じる場合には, その状態に対応するケットベクトル \(|R\rangle\) もそれらの幾つかの状態に対応するケットベクトルを1次的に結び付けて表され, そしてその逆も成立する」.すなわち, \(c_i\) を勝手な数因子として
\begin{equation}
\def\ket#1{| #1 \rangle}
\ket{R}=c_1\ket{A}+c_2\ket{B}
\end{equation}
2. ブラベクトル \(\langle B |\) およびケットベクトル \(|A\rangle\) は, というよりこれらのベクトルの方向は, ある特別な時刻に力学系がとる状態に対応しているものとする.更に,「1次演算子 \(\alpha\) は, その時刻での力学変数に対応する」.すなわち,
\begin{gather}
\alpha\big\{ \ket{A}+\ket{A’}\big\} = \alpha \ket{A} + \alpha\ket{A’},\\
\alpha \big\{ c\ket{A} \big\} = c\alpha\ket{A}
\end{gather} - 我々が観測を行う時には, 何らかの力学変数を測定する.「その測定の結果は, いつでも実数でなければならない」ことは物理的に明らかである.従って, 当然だが「測定できる力学変数は, 何れも実の力学変数である」と考えられる.( 測定できる力学変数 \(\alpha\) は「自己共役」である:\(\alpha^{\dagger}=\alpha\) ).
- 理論を物理的に解釈するために仮定を幾つか設ける.
(仮定1)「力学系が実数の力学変数 \(\xi\) の固有状態で, かつ固有値 \(\xi’\) に属する状態にあれば, \(\xi\) を測定するとその結果は確実に \(\xi’\) という数値が得られる」.
逆に,「実数の力学変数 \(\xi\) を測定すると, 確実にある特定の結果が得られるような状態があれば, この状態は \(\xi\) の固有状態であり, その測定の結果はこの固有状態が属している \(\xi\) の固有値になる」.
( 一般的には, 実数の力学変数 \(\xi\) を測定すると幾つかの結果が可能であって, 確率の法則に従って そのうちの何れかが得られる.) - 実数の力学変数 \(\xi\) を測定するときには, 測定という動作のうちに力学系をかき乱すことが含まれているから, そのために体系の状態は急に変わる.
測定をすれば, いつでもその測定した力学変数の固有状態へ体系を飛び移らせることになる.ただし, その固有状態の属する固有値は, 測定の結果に等しいとする. - よって,「どんな状態にある力学系についても, 実数の力学変数を測定して得られる結果は, 何れも固有値の中の一つである」と結論される.
- 逆に,「固有値は何れも, その体系の何かある状態について力学変数の測定をする時, 結果として得られる可能性のあるものである」.何故なら, もしその状態がこの固有値に属する固有状態であれば, 測定の結果は確かにその固有値となるからである.
- 理論を物理的に解釈するために, もう一つの仮定を設ける.
(仮定2)「ある特定の状態にある体系について, ある実数の力学変数 \(\xi\) を測定すれば, その結果, 体系は色々な状態へ飛び移る訳であるが, その色々な状態 \(\def\ket#1{|#1\rangle}\ket{\xi’_{i}}\) というのは, 元の状態 \(\ket{\xi’}\) がそれらと従属の関係にあるものである」:
\begin{align}
&\ket{\xi’}+c_1\ket{\xi’_1}+c_2\ket{\xi’_2}+\dotsb+c_n\ket{\xi’_n}=0,\\
\text{or,}\quad &\ket{\xi’}=c_1\ket{\xi’_1}+c_2\ket{\xi’_2}+\dotsb+c_n\ket{\xi’_n}.
\end{align} - しかし, 元の状態 \(\ket{\xi’}\) としては任意の状態をとって良いから, 「どんな状態でも, \(\xi\) の色々な固有状態に従属している」と結論できる.
- 状態の「完全な組」というものを定義して,「どんな状態をとっても, その組の中の状態に従属しているもの」とする. すると, 次のように結論される:「\(\xi\) の固有状態は完全な組を形作る」.
- 「実数の力学変数ならば, 何れでも完全な組を作るに足るだけの固有状態を持っている」という訳ではない.固有状態が完全な組を作らないようなものは「測定できる量ではない」のである.
- よって, 「力学変数が測定できる(observable)」ための条件 は次となる:
「力学変数は実数であり, かつその固有状態が完全な組を形作っていなければならない」. - 「実数の力学変数で, その固有状態が完全な組を形作っているものを『オブザーバブル』と呼ぶ」.
従って,「固有状態が完全な組を作らないようなものは測定できる量ではない」の 対偶 として次が言える:「測定できる量ならば, それはオブザーバブルである」.