Pauli 方程式


Landau and Lifshitz : Quantum Electrodynamics §33 にパウリ方程式が載っていたのでその訳文を書いておく.しかし,その導出過程で出現する式 (33.5-a) が最初に見たらちょっと不可解に思えた.その解決を付記した §33 を記事として書いておこう.

Landau-Lifshitz QED cover


非相対論的極限( v0 )では, 双スピノール ψ の2つの成分 (即ち χ ) がゼロになる (§21).従って, 電子の速度が小さいときは ϕχ である.これから形式的に波動関数を 1/c について冪展開することにより, 2成分量 ϕ だけを含む近似方程式を得る可能性が与えられる.

外場内の電子に対するディラック方程式から出発しよう:

(33.1)iψt={cα(pecA)+βmc2+eΦ}ψ

粒子の相対論的エネルギーには, その静止エネルギーも含まれる.非相対論的近似へ移るときに, それは消去されなければならない.従って次式のように定義される関数 ψψ を置き換える:
ψ=ψeimc2t/

すると,
(33.1-a)(it+mc2)ψ={cα(pecA)+βmc2+eΦ}ψ

ψ=(ϕχ) を代入すると次式を得る:
(33.2)(iteΦ)ϕ=cσ(pecA)χ(33.3)(iteΦ+2mc2)χ=cσ(pecA)ϕ

以下では ϕχ のプライム符号 を省略する;こうしても誤解は起こさないであろう.なぜならこの節では変換した関数 ψ だけを使うからである.

1次近似では式 (33.3) の左辺で 2mc2χ だけを残こす(retain 保持する).すると次を得る:

(33.4)2mc2χ=cσ(pecA)ϕχ=12mcσ(pecA)ϕ

(従って χϕ/c である.つまり χϕ のおよそ 1/c である.よって χ は「小さい成分」と言われる).これを式 (33.2) に代入すると次となる:
(33.1-b)(iteΦ)ϕ=12m{σ(pecA)}2ϕ

パウリ行列に対して次の関係式が成り立つ:
(33.5)(σa)(σb)=ab+iσa×b
ただし ab は任意のベクトルである.この式はパウリ行列の基本的性質
σi2=1,σiσj+σjσi=2δij,[σi,σj]=2iεijkσk,σiσj=δij+iεijkσk
から導出することが出来る.今の場合 a=b=pecA である.しかしベクトル積 a×b はゼロではない.なぜなら pA は交換しないからである:

[(pecA)×(pecA)]ϕ=[p×pecp×AecA×p+(ec)2A×A]ϕ=ec{A×p+p×A}ϕ=ec{A×(i)+(i)×A}ϕ=iec{A×+×A}ϕ,

よって, [1]式 (33-5-a) の2番目の等号では, 最初に見た時には前式の第1成分 (A×) … Continue reading
(33.5-a)[(pecA)×(pecA)]ϕ=iec{A×+×A}ϕ=ieccurlAϕ
従って, [2]上述のパウリ行列の基本的性質だけを用いて, 式 (33.6) を導出する仕方が 河合, 猪木著「量子力学II」の p.591 に示されている.そこでは, … Continue reading
(33.6){σ(pecA)}2=(pecA)2ecσH

ただし H=curlA は磁場である.そして ϕ に対する方程式 (33.1-b) は, 次のような形の方程式となる:
(33.7)iϕt=Hϕ=[12m(pecA)2+eΦe2mcσH]ϕ
これがいわゆる「Pauli方程式」である.これはハミルトニアンに最後の項が現れる点で, 非相対論的シュレディンガー方程式と異なっている.この項は外場内に於ける磁気的2重極のポテンシャルエネルギーの形をしている.このようにして (1/c) に関する1次近似では, 電子は電荷と共に磁気モーメント
(33.8)μ=e2mcσ=emcs

を持つ粒子のように振る舞う.この磁気回転比 (e/mc) は軌道運動の磁気モーメントに対するものの2倍の大きさである. [3]この注目すべき結果は1928年にディラックにより得られた.方程式 (33.7) … Continue reading

References

References
1 式 (33-5-a) の2番目の等号では, 最初に見た時には前式の第1成分 (A×) を無視しているように思えた.しかしこれには演算子について重要な注意点が関わっていた.それは「微分演算子はその右に位置している全てに作用すると仮定される」ことである.
xf(x)g(x)=f(x)xg(x)+f(x)g(x)x,f(x)g(x)=(f(x))g(x)+f(x)(g(x)),

これはベクトル積の場合にも当然言えることだ.そこでベクトル解析の公式から,
×(Aϕ)=(×A)ϕ+(ϕ)×A=(×A)ϕA×(ϕ)

よって, 第2項目を左辺に移項すれば,
(1)×Aϕ+A×ϕ=(×A)ϕ=(curlA)ϕ(x)
これが式 (33-5-a) の変形の意味である ( J.J.Sakurai : Advanced Quantum Mechanics § 3-2 を参照した.).

また, 式 (1) が成り立つことは, それを成分で書くことで容易に確認することが出来る:

(2)A×ϕ=i(AyϕzAzϕy)+j(AzϕxAxϕz)+k(AxϕyAyϕx),×Aϕ=i(yAzϕzAyϕ)+j(zAxϕxAzϕ)+k(xAyϕyAxϕ)=i(Azyϕ+AzϕyAyzϕAyϕz)+j(Axzϕ+AxϕzAzxϕAzϕx)(3)+k(Ayxϕ+AyϕxAxyϕAxϕy),

従って, 式(2)+式(3)を求めれば,
A×ϕ+×Aϕ=i(AyϕzAzϕy)+j(AzϕxAxϕz)+k(AxϕyAyϕx)+i(Azyϕ+AzϕyAyzϕAyϕz)+j(Axzϕ+AxϕzAzxϕAzϕx)+k(Ayxϕ+AyϕxAxyϕAxϕy)={i(AzyAyz)+j(AxzAzx)+k(AyxAxy)}ϕ=(×A)ϕ

2 上述のパウリ行列の基本的性質だけを用いて, 式 (33.6) を導出する仕方が 河合, 猪木著「量子力学II」の p.591 に示されている.そこでは, 機械的に計算するだけで結果が自動的に得られる.( しかし, ここで述べた演算子の性質が使われていることに気付くことは出来ないであろう.)
3 この注目すべき結果は1928年にディラックにより得られた.方程式 (33.7) の満足する2成分波動関数はパウリにより1927年に導かれた.これはディラックによるその方程式の発見以前のことである.