Feynman QED Tenth Lecture

前に示した第10講義から第12講義までの表示が何故かおかしくなっていたので, 再度書き直して示す.

γ行列の代数(ALGEBRA OF THE γ MATRICES)

前講で得られたディラック方程式は次であった:

(10-1)γμiDμψγμ(iμecAμ)ψ=mcψ

これは, 次のような γ の特別な表現と共に得られたものである:[1][ブログ註] ただしこの節の γ 行列式などの表現式はすべて現代の教科書に合わせて, … Continue reading
(10-2)γ0=(1001),γk=(0σkσk0),k=1,2,3

ただしこれらの 4×4 行列中の各要素は, 次のような Pauli の 2×2 スピン行列である:
(10-3)1=(1001) unit matrix,σ1=(0110),σ2=(0ii0),σ3=(1001)

しかしながら γ 行列の最も良い定義の仕方はそれらの「交換関係」(commutation relationship) を与えることである.なぜなら, 交換関係が γ 行列を使用するのに大事なことの全てだからである.交換関係は γ 行列の表現をユニークに決定しない.従って前述のものは多くの可能表現の内の一つに過ぎない.交換関係は次である:

γ0γ0=I,γkγk=I,γ0γk+γkγ0=0k=1,2,3(10-4)γiγj+γjγi=0i,j=1,2,3

または, 統合した表記は次である:
(10-5)γμγν+γνγμ=2ημν,whereημν=(+,,,)

この ημν の定義を用いたとき, スカラー積を形成する際の規則は次であるので注意する:
(10-6)Bμ=ημνBν,AB=AμBμ=ημνAμBν

他の新しい行列は, すでに定義されている γ 行列を掛け算することで生じ得るであろう.例えば, 式 (10.4) の行列は一度に2つの行列を掛け合わせたものだ.次の行列たちはすべて, γ1, γ2, γ3, γ0 とは独立した行列たちである:

γ1γ2γ3(=iγ5γ0),γ2γ3γ0(=iγ1γ5),γ3γ0γ1(=iγ2γ5),γ0γ1γ2(=iγ3γ5)

3つの積で新たに作られる行列はこれらだけである.なぜなら, もし2つの行列が等しいとその積は減少することが可能であり, 従って γ0γ2γ0=γ0γ0γ2=γ2 などとなるからである.4つの積で新たに作られる唯一の行列には, 特別な名称 γ5 が与えられている:[2][ブログ註] 原書でのγ5定義はγ5=γ1γ2γ3γ0
となっており,これはiγ5に相当する式なので注意する.

(10.7)γ5iγ0γ1γ2γ3

4つ以上の行列の積には2つ以上の同じ行列が含まれるはずなので, それらは必ず減少出来る.従って, 線型独立な行列は16個存在する.それらの線形結合には16個の任意定数が含まれる.このことは,そのような組み合わせは4×4行列で表現出来るという事実と符合している.(すると 4×4 行列は全て γ 行列代数で表現し得ることになり, 数学的に興味深いことだ.これは「Clifford代数」または「超複素代数(hypercomplex algebra)」と呼ばれている.より簡便な例は, いわゆる「4元数代数」と呼ばれる 2×2 行列のもの, すなわち「Pauliスピン行列代数」である.).


【 問題 】 次を証明せよ:

(10.8)Σ3=iγ1γ2=(σ300σ3),Σ1=iγ2γ3=(σ100σ1),Σ2=iγ3γ1=(σ200σ2)

(この量 Σk は, 後の第11講に出てくるので注意する).そして
(10.9)γ0γk=(0σkσk0)αkk=1,2,3( definition of α=γ0γ )


〈 解答例 〉式 (10.2) を用いて具体的に計算すると次となる:

(1)γiγj=(0σiσi0)(0σjσj0)=(σiσj00σiσj)=σiσjI

このとき Pauli 行列 σi について次の公式が成り立つ:
(2)σiσj=δij+ik=13εijkσk,{σi,σj}=2δij

式 (1) と式 (2) から
iγiγj=i×(σiσjI)=iσiσjI=i×iεijkσkI=εijkσkI

従って,
iγ1γ2=ε123σ3I=(σ300σ3),iγ2γ3=ε231σ1I=(σ100σ1),iγ3γ1=ε312σ2I=(σ200σ2)

そして式 (10.2) から,
αkγ0γk=(1001)(0σkσk0)=(0σkσk0),k=1,2,3


もう一つの γ 行列を定義すると便利である.なぜならそれが頻繁に生起するからである:

(10.10)γ5=iγ0γ1γ2γ3=(0110)

次を検証すべし:
γ0γ5=(0110),γkγ5=(σk00σk),k=1,2,3γ5γ5=I,γ5γμ+γμγ5=0

後で使用するために, 次式を定義すると便利である:[3][ブログ註] この記号は, 場の量子論に於ける「Dirac場」の研究に於いてファインマンが考案したものであり,「ファインマンスラッシュ記法」(Feynman … Continue reading
(10.12)a/γμaμ=ημνγμaν=γ0a0γ1a1γ2a2γ3a3

これから次式が得られる:
a/b/=b/a/+2ab,whereab=aμbμ,(10.13)a/2=a2=aμaμ,a/γ5=γ5a/

例として, 最初の式は次のように書くことで検証できるであろう:
a/b/=aμγμbνγν=(a0γ0a1γ1a2γ2a3γ3)(b0γ0b1γ1b2γ2b3γ3)

そして交換関係を利用して第2因子を前方に移動する.第2因子の最初の項 (b0γ0) に対してこれを行なうと次となる:
b0γ0(a0γ0+a1γ1+a2γ2+a3γ3)

なぜなら γ0 は自分自身と交換可能であるが γk たちとは反交換するからである.この演算を全ての項に行うと次を得る:
a/b/=b0γ0[(a0γ0a1γ1a2γ2a3γ3)+2a0γ0]+b1γ1[(a0γ0a1γ1a2γ2a3γ3)+2a1γ1]+b2γ2[(a0γ0a1γ1a2γ2a3γ3)+2a2γ2]+b3γ3[(a0γ0a1γ1a2γ2a3γ3)+2a3γ3]=b/a/+2(b0a0γ0γ0+b1a1γ1γ1+b2a2γ2γ2+b3a3γ3γ3)=b/a/+2(b0a0b1a1b2a2b3a3)=b/a/+2ba


【 問題 】 (1) 次式が成り立つことを示せ:

γ1a/γ1=a/+2a1γ1,γμγμ=4,γμa/γμ=2a/,γμa/b/γμ=4ab,γμa/b/c/γμ=2c/b/a/

(2) 級数展開することで次式を検証せよ:

exp[u2γ0γ1]=coshu2+γ0γ1sinhu2,(10.14)exp[θ2γ1γ2]=cosθ2+γ1γ2sinθ2

(3) 次式が成り立つことを示せ:

exp[u2γ0γ3]γ0exp[+u2γ0γ3]=γ0coshu+γ3sinhu,exp[u2γ0γ3]γ3exp[+u2γ0γ3]=γ3coshu+γ0sinhu,exp[u2γ0γ3]γ2exp[+u2γ0γ3]=γ2,(10.15)exp[u2γ0γ3]γ1exp[+u2γ0γ3]=γ1


〈 解答例 〉式 (10.5) の交換関係 γμγν=γνγμ+2ημν を利用してガンマ行列の順番を変えて行けば良い.例えば γ1γ1=I, そして μ1 では γμγ1=γ1γμ などから,

γ1a/γ1=γ1(a0γ0a1γ1a2γ2a3γ3)γ1=γ1(a0γ1γ0a1γ1γ1+a2γ1γ2+a3γ1γ3)=a0γ1γ1γ0a1γ1γ1γ1+a2γ1γ1γ2+a3γ1γ1γ3=+a0γ0+a1γ1a2γ2a3γ3=(a0γ0a1γ1a2γ2a3γ3)+2a1γ1=a/+2a1γ1,γμγμ=γ0γ0+γ1γ1+γ2γ2+γ3γ3=γ0γ0γ1γ1γ2γ2γ3γ3=1(1)(1)(1)=4,γμa/γμ=γμaνγνγμ=aνγμ(γμγν+2ηνμ)=aνγμγμγν+2ημνaνγμ=4aνγν+2aμγμ=4a/+2aμγμ=4a/+2a/=2a/,γμa/b/γμ=γμ(aνγν)(bλγλ)γμ=aνbλγμγν(γμγλ+2ηλμ)=aνbλγμγνγμγλ+2aνbλγμγνηλμ=aνbλγμ(γμγν+2ηνμ)γλ+2aνbλγλγν=aνbλγμγμγνγλ2aνbλγμηνμγλ+2aνbλ(γνγλ+2ηλν)=4aνγνbλγλ2aνγνbλγλ2aνγνbλγλ+4aνbν(1)=4a/b/2a/b/2a/b/+4ab=4ab,

そして,
(2)γμa/b/c/γμ=γμaνγνbλγλcσγσγμ=aνbλcσγμγνγλγσγμ

a/b/c/ の順番を c/b/a/ にするには, γ 行列の順番を (ν,λ,σ)から(σ,λ,ν) になるように交換して行けばよい.そのため, まずは3つの γ 行列の順番を変えてみる:
γνγλγσ=(γλγν+2ηνλ)γσ=γλγνγσ+2ηνλγσ=γλ(γσγν+2ηνσ)+2ηνλγσ=γλγσγν2ηνσγλ+2ηνλγσ=(γσγλ+2ηλσ)γν2ηνσγλ++2ηνλγσ(3)=γσγλγν+2ηλσγν2ηνσγλ+2ηνλγσ

この結果式で, 例えば添字 (ν,λ,σ) を単に (σμ,λν,νλ) と書き換えることで次も得られる:
(4)γλγνγμ=γμγνγλ+2ηνμγλ2ηλμγν+2ηλνγμ

また,
γμγνγμ=γμ(γμγν+2ηνμ)=γμγμγν+2ηνμγμ=4γν+2γν=2γν,(5)γμγλγμ=2γλ,γμγσγμ=2γσ

以上の結果を用いると,
γμγνγλγσγμ=γμ(γσγλγν+2ηλσγν2ηνσγλ+2ηνλγσ)γμ=γμγσ(γλγνγμ)+2ηλσγμγνγμ2ηνσγμγλγμ+2ηνλγμγσγμ=γμγσ(γμγνγλ+2ηνμγλ2ηλμγν+2ηλνγμ)+2ηλσγμγνγμ2ηνσγμγλγμ+2ηνλγμγσγμ=2γσγνγλ2γνγσγλ+2γλγσγν2ηλν(2γσ)4ηλσγν+4ηνσγλ4ηνλγσ(6)=2(γσγλ+2ηλσ)γν4ηλσγν=2γσγλγν

従って, 式 (2) は次となる:
γμa/b/c/γμ=aνbλcσγμγνγλγσγμ=aνbλcσ(2γσγλγν)=2cσγσbλγλaνγν=2c/b/a/

(2) 指数関数 ex,ex 及び双曲線関数 sinhx,coshx そして三角関数 cosx,sinx の級数展開は次となる:

ex=1+x+12!x2+13!x3+14!x4+15!x5+,ex=1x+12!x213!x3+14!x415!x5+,sinhx=12(exex)=x+13!x3+15!x5+,coshx=12(exex)=1+12!x2+14!x4+,cosx=112!x2+14!x4,(7)sinx=x13!x3+15!x5

そこで γ0γ1 の累乗を考えてみると,
(γ0γ1)2=γ0γ1γ0γ1=γ0(γ1γ0)γ1=γ0γ0γ1γ1=I×(I)=I,(γ0γ1)3=γ0γ1(γ0γ1)2=γ0γ1×I=γ0γ1,(γ0γ1)4=(γ0γ1)2×(γ0γ1)2=I×I=I,(8)(γ0γ1)5=(γ0γ1)2×(γ0γ1)3=I×γ0γ1=γ0γ1,

などとなる.すなわち, 偶数乗は I となり奇数乗は γ0γ1 となる.よって,
exp[u2γ0γ1]=I+u2γ0γ1+12![u2γ0γ1]2+13![u2γ0γ1]3+14![u2γ0γ1]4+=I+u2γ0γ1+12!(u2)2I+13!(u2)3γ0γ1+14!(u2)4I+15!(u2)5γ0γ1+=[I+12!(u2)2I+14!(u2)4I+]+[u2γ0γ1+13!(u2)3γ0γ1+15!(u2)5γ0γ1+]=I[1+12!(u2)2+14!(u2)4+]+γ0γ1[u2+13!(u2)3+15!(u2)5+](9)=coshu2+γ0γ1sinhu2

また γ1γ2 の累乗を考えてみると,
(γ1γ2)2=γ1γ2γ1γ2=γ1(γ1γ2)γ2=γ1γ1γ2γ2=(I)×(I)=I,(γ1γ2)3=(γ1γ2)2×γ1γ2=I×γ1γ2=γ1γ2,(γ1γ2)4=(γ1γ2)3×γ1γ2=γ1γ2×γ1γ2=(γ1γ2)2=I,(10)(γ1γ2)5=I×γ1γ2=γ1γ2,

などとなる.よって,
exp[θ2γ1γ2]=I+θ2γ1γ2+12!(θ2)2(γ1γ2)2+13!(θ2)3(γ1γ2)3+14!(θ2)4(γ1γ2)4+=I+θ2γ1γ2+12!(θ2)2(I)13!(θ2)3γ1γ2+14!(θ2)4I+15!(θ2)5γ1γ2+=I+θ2γ1γ212!(θ2)2I13!(θ2)3γ1γ2+14!(θ2)4I+15!(θ2)5γ1γ2+=I[112!(θ2)2+14!(θ2)4+]+γ1γ2[θ213!(θ2)3+15!(θ2)5+]=Icosθ2+γ1γ2sinθ2

また前述の式 (8) と結果式 (9) の一般化から,
γ0γ3γ0=γ0γ0γ3=γ3,γ0γ3γ0γ0γ3=γ3γ0γ3γ3=γ0

そして双曲線関数の公式を利用すると,
exp[u2γ0γ3]γ0exp[u2γ0γ3]=(coshu2γ0γ3sinhu2)γ0(coshu2+γ0γ3sinhu2)=γ0(coshu2)2+γ0γ0γ3coshu2sinhu2γ0γ3γ0coshu2sinhu2γ0γ3γ0γ0γ3(sinhu2)=γ0(coshu2)2+γ3coshu2sinhu2+γ3coshu2sinhu2+γ0(sinhu2)2=γ0(cosh2u2+sinh2u2)+γ3(2sinhu2coshu2)=γ0coshu+γ3sinhu,

また,
γ3γ0γ3=γ0γ3γ3=γ0(I)=γ0,γ0γ3γ3γ0γ3=γ0(I)γ0γ3=γ0γ0γ3=Iγ3=γ3

となるので,
exp[u2γ0γ3]γ3exp[u2γ0γ3]=(coshu2γ0γ3sinhu2)γ3(coshu2+γ0γ3sinhu2)=γ3(coshu2)2+γ3γ0γ3coshu2sinhu2γ0γ3γ3coshu2sinhu2γ0γ3γ3γ0γ3(sinhu2)=γ3(coshu2)2+γ0coshu2sinhu2+γ0coshu2sinhu2+γ3(sinhu2)2=γ3(cosh2u2+sinh2u2)+γ0(2sinhu2coshu2)=γ3coshu+γ0sinhu,

また,
γ2γ0γ3=γ2γ3γ0=(iγ1γ5)=iγ1γ5,γ0γ3γ2=iγ1γ5,γ0γ3γ2γ0γ3=γ2,γ1γ0γ3=γ0γ1γ3=γ0γ3γ1=γ3γ0γ1=iγ2γ5,γ0γ3γ1=iγ2γ5,γ0γ3γ1γ0γ3=γ1

となるので,
exp[u2γ0γ3]γ2exp[u2γ0γ3]=(coshu2γ0γ3sinhu2)γ2(coshu2+γ0γ3sinhu2)=γ2(coshu2)2+γ2γ0γ3coshu2sinhu2γ0γ3γ2coshu2sinhu2γ0γ3γ2γ0γ3(sinhu2)=γ2(coshu2)2+iγ1γ5coshu2sinhu2iγ1γ5coshu2sinhu2γ2(sinhu2)2=γ2(cosh2u2sinh2u2)=γ2,exp[u2γ0γ3]γ1exp[u2γ0γ3]=(coshu2γ0γ3sinhu2)γ1(coshu2+γ0γ3sinhu2)=γ1(coshu2)2+γ1γ0γ3coshu2sinhu2γ0γ3γ1coshu2sinhu2γ0γ3γ1γ0γ3(sinhu2)=γ1(coshu2)2iγ2γ5coshu2sinhu2+iγ2γ5coshu2sinhu2γ1(sinhu2)2=γ1(cosh2u2sinh2u2)=γ1


同値変換(EQUIVALENCE TRANSFORMATION)

式 (10-3) と同じ交換関係を満たす別の γ 行列表現を仮定しよう.それは Dirac 方程式 (10-1) の形を不変に保つであろうか? この問いに答えるために, 波動関数に変換 ψ=Sψ を行なってみる.ただし S は定数行列であり逆行列 S1 を持ち SS1=1 と仮定する.Dirac 方程式は次となる:

(10.16)γμπμSψ=mcSψ,πμ=iDμ=iμecAμ

πμS は交換する.なぜなら π は微分演算子に位置関数を付加したものだからである.従って, この方程式 (10.16) は次のように書くことが出来る:
(10.17)γμSπμψ=mcSψ

逆行列を掛け合わせると,
(10.18)S1γμSπμψ=mcS1Sψ

すなわち,
(10.19)γμπμψ=mcψ,whereγμ=S1γμS

変換 γμ=S1γμS は「同値変換」(equivalence transformation)と呼ばれ, 変換後の γ たちが, 式 (10-3) の交換関係を満たすことを証明するのは容易である.γ の積の変換は, γ の積と全く同じ仕方で変換する:
(20)γμγν=(S1γμS)(S1γνS)=S1(γμγν)S

従って γ を含んだ方程式 (特に γ の交換関係)は, 変換された表現式に於いても同じ形となる.それは別の γ 表示となることを示しており, その Dirac 方程式は元の式 (10-1) と全く同じ形となる.
従って,その結果も全て同じものとなる.

相対論的不変性(RELATIVISTIC INVARIANCE)

Dirac 方程式の相対論的不変性は, 差し当たり「γ 行列は4元ベクトルと同じように変換する」と仮定すれば示すことが出来るであろう.
すなわち,

γ1=γ1vγ01β2,γ0=γ0(v/c2)γ11β2,γ2=γ2,γ3=γ3,β=vc

πμ=iμ(e/c)Aμ は2つの4元ベクトル μAμ が組み合わさったものなので, πμ も4元ベクトルと同様な変換をする.Dirac 方程式の左辺 γμπμ は2つの4元ベクトルの積(スカラー積) であるから, ローレンツ変換に於いて不変である.右辺の mc もやはり不変である.γμ を4元ベクトルとして変換するということは, 新たな γ 表示となることを意味する.しかしながら式 (10-11) を利用すると, 新たな γ と元の γ とは同値変換だけの違いであることを示すことが出来る.従って,「γ を変換する必要は全くない」ことになる.すなわち, 全てのローレンツ系に於いて同じ特定表示を用いてよいのである.このことから, ローレンツ変換を実行する際には2つの可能性があることになる:

  1. γ を4元ベクトルと同様に変換し, 波動関数は(座標のローレンツ変換を除いて)同じままとする.
  2. ローレンツ変換された座標系に於ける標準的な表示を用いる.この場合, 波動関数は (1) の場合に比べて同値変換 (即ち ψ=Sψ) だけの違いがある.

Dirac 方程式のハミルトニアン形式(HAMILTONIAN FORM OF THE DIRAC EQUATION)

「低速度の場合, ディラック方程式はシュレディンガー方程式になる」ことを示すには, それをハミルトニアン形式に書いてみると都合が良い.元の表式 (10-1) は πμ=iDμ が,

iDμ=iμecAμ={(ictecϕ),(iecA)}

であるから次のように書くことが出来る:
(10.22)γ0(ictecϕ)ψγ(iecA)ψ=mcψ

(γ0γ0=I を利用するために) この両辺に cγ0 を掛け合わせ, 項を入れ替えると
(10.23)iψt={cγ0γ(iecA)+eϕ+γ0mc2}ψ=Hψ

式 (10.9) により α=γ0γ そして βγ0 とすると, ハミルトニアン H は次のように書ける:
(10.24)H=cα(iecA)+eϕ+βmc2

Pauli 行列について
{σi,σj}=2δij,σk2=1k=1,2,3

が成り立つので,
αk2=(0σkσk0)(0σkσk0)=(σk200σk2)=(1001)=I,β=γ0=(1001)(1001)=I,

よって, 式 (10-9) そして α は次の交換関係を満たす(反交換する):
(iγiγj)2=σi2σj2=I,α12=α22=α32=β2=I,αiαj+αjαi=0(ij),(10.25)αiαj+αjαi=2δij(i,j=1,2,3),βα+αβ=0,β2=1

我々の特別な γ 表現では (Pauli 行列がエルミート:σk=σk なので),「α,β はエルミート行列」であり, 従って, この γ 表現では「H はエルミート」であることに注意する [4][ブログ註] 運動量演算子 p^=i は実の量であるので,  p=i=p=i  … Continue reading
αk=(0σkσk0)αk=(0σkσk0)=(0σkσk0)=αk,β=(1001)β=(1001)=β,H=(iecA)cα+eϕ+βmc2=cα(iecA)+eϕ+βmc2=H


【 問題 】 確率密度 ρ=ψψ と確率の流れ j=cψαψ は, 次の連続の方程式を満たすことを示せ:

ρt+j=0

( 注意 ): ψ は4成分波動関数であり, そして ψ はその随伴行列(エルミート共役) である.従って, 確率密度 ρ と確率の流れ j は次である:
ρ=ψψ=(ψ1ψ2ψ3ψ4)(ψ1ψ2ψ3ψ4)=ψ1ψ1+ψ2ψ2+ψ3ψ3+ψ4ψ4,j1=cψα1ψ=i,jcψi(α1)ijψj=c(ψ1ψ2ψ3ψ4)(0σ1σ10)(ψ1ψ2ψ3ψ4)=c(ψ1ψ2ψ3ψ4)(ψ4ψ3ψ2ψ1)(10.26)=cψ1ψ4+cψ2ψ3+cψ3ψ2+cψ4ψ1


〈 解答例 〉式 (10.23) と式 (10.24) とから, ディラック方程式のハミルトニアン形式は次式となる:
(itH)ψ=(it+icα+eαAeϕβmc2)ψ=0(1)or(itcαπeϕβmc2)ψ=0,whereπiecA
この式 (1) の両辺に ψ を左から掛け合わせると,

(2)iψψtcψαπψeϕψψmc2ψβψ=0

また式 (1) のエルミート共役をとると,
(3)iψtcψπαeϕψψβmc2=0

この式 (3) には右から ψ を掛け合わせると,
(4)iψtψcψπαψeϕψψmc2ψβψ=0

(2)(4) を作ると,
(5)i{ψψt+ψtψ}c{ψαπψψπαψ}=0

このとき, 式 (5) の第 2 項の { } 内は,
ψαπψψπαψ=ψα(iecA)ψψ(iecA)αψ=ψα(iecA)ψψ(iecA)αψ=iψαψecψαAψiψαψ+ecψAαψ=i(ψαψ+ψαψ)

従って, 式 (5) は,
i{ψψt+ψtψ}+ic(ψαψ+ψαψ)=0

すなわち,
(6)ψψt+ψtψ+c(ψαψ+ψαψ)=0

他方,
(7)ρψψ,jcψαψ

とするならば,
tρ=tψψ=ψtψ+ψψt,j=cψαψ+cψαψ

従って式 (6) は, 式 (7) の ρj を用いると次の連続の方程式になっている:
tρ+j=0


References

References
1 [ブログ註] ただしこの節の γ 行列式などの表現式はすべて現代の教科書に合わせて, 計量テンソルを併用する場合の「Dirac-Pauli標準表示」に変更してあるので注意する.
2 [ブログ註] 原書でのγ5定義はγ5=γ1γ2γ3γ0
となっており,これはiγ5に相当する式なので注意する.
3 [ブログ註] この記号は, 場の量子論に於ける「Dirac場」の研究に於いてファインマンが考案したものであり,「ファインマンスラッシュ記法」(Feynman slash notation) と呼ばれている.
4 [ブログ註] 運動量演算子 p^=i は実の量であるので,  p=i=p=i  が言えることに注意する.従って,  次として良いことになる:
π=(iecA)=(iecA)=(iecA)=π

ただし,「運動量演算子 p^=i  が実である」と見做せるのは,  あくまでそれが作用するブラやケットまたは波動関数と一緒に考えたときだけであることに注意しなければならない.