「遷移要素」は 「”遷移” 行列の”要素”」の一般化だ ! ?



第7章は, その表題が示す通り,「遷移要素」について述べている章である.しかし, この「遷移要素」は一般の量子力学の教科書にはあまり書かれていない量で, 少し分かりづらいと感じるものであった.そこで, 遷移振幅を第4章の§ 4-2 の説明に従ってもう一度考えて見る.また,「遷移要素」は第6章の式 (6-71) で定義される「行列要素」, または L. Schiff の§ 37 に書かれている「遷移行列」或いは「T-行列」の要素 に相当することを見て行こう.


 

【 A 】 第 4 章の §4-2 時間に依存しないハミルトニアン の説明に従って, この遷移振幅を考えて見る.
波動関数 f(x) を定常状態関数の1次結合として表わす:

(4-48)f(x)=n=1anϕn(x)

この係数 an は一般に「確率振幅」と呼ばれる.それは, 次のようにして容易に求めることが出来る:
dxϕm(x)f(x)=dxϕm(x)n=1anϕn(x)=n=1andxϕm(x)ϕn(x)=n=1anδm,n=am,(4-50)thereforean=dxϕn(x)f(x)

f(x) が時刻 t1 に於いて知られている波動関数である場合に, 時刻 t2 に於ける波動関数はどうなるかを考えてみる.任意の時刻 t に於ける波動関数は, シュレディンガー方程式の任意解として
(4-53)ψ(x,t)=n=1cneiEnt/ϕn(x)

と表される.従って, 時刻 t1 に於ける波動関数は次となる:
(4-54)f(x)=ψ(x,t1)=n=1cneiEnt1/ϕn(x)n=1anϕn(x)

このとき cn
(4-55)cn=aneiEnt1/

従って, 時刻 t2 に於ける波動関数 ψ(x,t2) は次となる:
ψ(x,t2)=n=1cneiEnt2/ϕn(x)=n=1aneiEnt1/eiEnt2/ϕn(x)(4-56)=n=1aneiEn(t2t1)/ϕn(x)

更に, an として式 (4-50) を用いるならば次となる:
ψ(x,t2)=n=1aneiEnt1/eiEnt2/ϕn(x)=n=1(dyϕn(y)f(y))eiEn(t2t1)/ϕn(x)=dy{n=1ϕn(x)ϕn(y)eiEn(t2t1)/}f(y)(4-58)dyK(x,t2;y,t1)f(y)

ただし核 K(x,t2;y,t1) は次である:
(4-59)K(x,t2;y,t1)=n=1ϕn(x)ϕn(y)eiEn(t2t1)/,wheret2>t1=0,otherwise

以上を元に,「始状態 ψ および終状態 χ が, 次式のような “エネルギー固有関数を重ね合わせた一般的な状態” とした場合に, 遷移振幅 χ|1|ψ がどう表されるか」を調べてみる:
ψ(x1,t1)=nanϕn(x1)=ncneiEnt1/ϕn(x1),cn=aneiEnt1/(1)χ(x2,t2)=mbmϕm(x2)=mdmeiEmt2/ϕm(x2),dm=bmeiEmt2/

K(2,1) として上式 (4-59) を用いると,
χ|1|ψ=dx2χ(x2,t2)ψ(x2,t2)=dx2dx1χ(x2,t2)K(2,1)ψ(x1,t1)=dx2dx1(mdmeiEmt2/ϕm(x2))(k=1ϕk(x2)ϕk(x1)eiEk(t2t1)/)×(ncneiEnt1/ϕn(x1))=mnkdmcneiEmt2/eiEk(t2t1)/eiEnt1/×dx2ϕm(x2)ϕk(x2)dx1ϕkϕn(x1)=mnkdmcneiEmt2/eiEk(t2t1)/eiEnt1/δmkδkn(2)=kdkck=kbkakeiEk(t2t1)/

この結果は, 遷移振幅を数学的に表現するならば,「状態ベクトル |ψ と特性関数または状態ベクトル |χ との内積である」こと を示している:
χ|ψ=χ|1|ψ=dx2χ(x2)ψ(x2)=kdkck=kbkakeiEk(t2t1)/=d1c1+d2c2++dncn+(3)=b1a1eiE1(t2t1)/+b2a2eiE2(t2t1)/++bnaneiEn(t2t1)/+

また, 特別な場合として問題 6-15 の「始状態と終状態が共に特定なエネルギー固有状態 ϕm(x)ϕn(x) である場合」の遷移振幅 λmn は, 上式で an=1,bm=1 とすればよく, その結果はゼロ次の λmn となる:
ϕm|1|ϕn=δmneiEn(t2t1)/=λmn(0)

【 B 】 ある物理量 F^ の行列要素は次で表わすことが出来た:

(a)Fij=ψi|F|ψjdqψi(q)F^ψj(q)

また, 状態 |a から状態 |b へ移行する「遷移振幅」, すなわち, ある物理系が始状態 1 で観測量 A の固有値 a の固有状態にあり, 終状態 2 で観測量 B の固有値 b の固有状態にある確率振幅は, 時間発展演算子を U として次で表された:
(b)b|U(t2,t1)|a={b|a,t2=b|basic braU(t2,t1)|astate ket: Schrödinger 表示b,t2|a=b|U(t2,t1)basic bra|astate ket: Heisenberg 表示

ただし, ハイゼンベルク表示のブラ b,t2| は, 時間を “逆向きに” 動いて行って, 時刻 t1 に戻ったときに |b,t1 となるケット |b,t2 に対応するブラである:
|b,t1=U(t1,t2)|b,t2=U1(t2,t1)|b,t2=U(t2,t1)U(t2,t1)|b,t1

さらに 終状態の波動関数 ψ(x2,t2) は, プロパゲーター K(2,1) を用いて次で表せた:
(c)ψ(x2,t2)=dx1K(x2,t2;x1,t1)ψ(x1,t1)

従って, 始状態で ψ にある系が, 時刻 t2 で状態 χ(x2) に存在する「遷移振幅」は,
χ(x2)|ψ(x2)=χ(x2)|U(2,1)|ψ(x1)=χ|U(2,1)|ψ=χ|1|ψ=dx2dx1χ(x2)K(2,1)ψ(x1)(d)=dx2dx1χ(x2)12Dx(t)eiS[2,1]/ψ(x1)

このとき, プロパゲーター K(2,1) は作用積分 S を伴う経路積分で表わすことを考えるのであった.そこで, 以上の式 (a) と式 (d) を踏まえて「物理量 F の遷移行列要素」は次で表わすとしたのであろう:
(e)FSχ|F|ψS=dx2dx1χ(x2)x1x2Dx(t)F[x(t)]eiS/ψ(x1)

これを「ディラック流の表現」で言うならば, 次のようになるであろう.

χ| 及び |ψ が「基礎ブラ」及び「基礎ケット」である場合には, この遷移要素 F は「1次演算子または力学変数 F の”代表 (representative)”」すなわち「1次演算子 F の行列要素」と言える:

FS=χ|F|ψ=χ|dx2|x2x2|Fdx1|x1x1|ψ=dx2dx1χ|x2x2|F|x1x1|ψ(f)=dx2dx1χ(x2)x2|F|x1ψ(x1)

式 (e) と式 (f) との比較から, 力学変数 F の「位置ケットによる代表」を経路積分で表わすと, 次のようになると言えるだろう:

(g)x2|F|x1=x1x2Dx(t)F[x(t)]eiS/

【 C 】 「遷移要素 χ|F|ψF の行列要素である」ことは, 後の本文中にある式 (7-13) からも言えることである:

(7-13)χ|dtV[x(t),t]|ψS0=dx3dt3χ(3)V(3)ψ(3)χ|V[x(t),t]|ψS0=dx3χ(3)V(3)ψ(3)

従って, 遷移要素 χ|F|ψ は, 式 (6-71) で定義される「状態 χ=ϕm と状態 ψ=ϕn の間の F の行列要素 Fmn」である と言える:
χ|F|ψ=Fχψ(t)=dxχ(x)F[x(t),t]ψ(x)=Fmn(t)=dxϕm(x)F(x,t)ϕn(x)

ファインマンは, 1948年の論文:「Space-time Approach to Non-relativistic Quantum Mechanics」の中で次のように述べている:

ここでは2つの状態間の「遷移要素」と呼ばれる量を定義する.これは本質的には行列要素である.しかし, 行列要素では状態 ψ と「同じ時間」の別の状態 χ を考えるが, 遷移要素の2つの状態は「異なる時間」に属するものとする.


Ft<ti<t に於ける座標 xi の任意関数とすると, 作用 Sxxj,xx0 としたとき, t に於ける状態 ψt に於ける状態 χ の間の「遷移要素」 F を次式で定義する:
χt|F|ψt=limε0χ(x,t)F(x0,x1,,xi)(39)×exp[ii=0j1S(xi+1,xi)]ψ(x,t)dx0Adxj1Adxj.
極限 ε0 をとったとき, F は経路 x(t) の汎関数となる. なぜこのような量が重要なのか, をこれから確かめて行く.ちょっと立ち止まって, その量が従来の表記法では何に相当するのかを知ると, より理解しやすくなるだろう.F が単に xk であるとしよう.ただし k はある時間 t=tk に相当している.すると式 (39) の右辺で x0 から xk1 までの積分を実行すると ψ(xk,t) または exp[i(tt)H/]ψt が得られる.同様にして, ji>kxi 上の積分は χ(xk,t) または
{exp[i(tt)H/]χt} を与える.従って xk の遷移要素は,
χt|F|ψtS=χeiH(tt)/xeiH(tt)/ψtdx(40)=χ(x,t)xψ(x,t)dx

であり, これは時刻 tψt の状態から発展した時刻 t での状態と, 時刻 tχtの状態から発展した時刻 t での状態との間の, 時刻 t=tk に於ける x の行列要素である.従って, これはそれらの状態間の x(t) の行列要素である.
同様にして, F=xk+1 とした式 (39) によれば, xk+1 の遷移要素は x(t+ε) の行列要素となる.F=(xk+1xk)/ε の遷移要素は, 式 (40) から容易に示されるように,  (x(t+ε)x(t))/ε または i(HxxH)/ の行列要素である.これは「速度 x˙(t) の行列要素」と呼ぶことが出来る.
例えば, ポテンシャルが少量の U(x,t) によって増強されるなど, 最初の問題とは異なる第2の問題を考えるとしよう.すると, 新しい問題では SS=S+iεU(xi,ti) に置き換えられる.式 (38) に代入すると, すぐに次式が得られる:
χt|1|ψtS=χt|exp(iiεU(xi,ti))|ψtS(41)=χt|exp(iεi=1jU(xi,ti))|ψtS

従って F が作用表現の変化 δS から何らかの形で生じる可能性がある限り, 式 (39) のような遷移要素は重要である.

【 D 】 或いは, L. Schiff § 37 の「遷移行列」( transition matrix ) あるいは「T-行列」( T-matrix ) の要素 である とも言えよう. まず「散乱行列」あるいは「S行列」の行列要素が, 「遅延グリーン関数」または「プロパゲーター」を G+ として, 次式で定義される:

β|S|αd3rϕβ(r)ψα+(r),ψα+(r,t)=id3rG+(r,t;r,t)ϕα(r,t) β|S|α=id3rd3rϕβ(r.t;r,t)G+(r,t;r,t)ϕα(r,t)(36.36)=β|αid3rdtϕβ(r,t)V(r,t)ψ+(r,t)

これの始状態 ψ+ と終状態 ϕ として
(37.1)ϕβ(r,t)=uβ(r)eiωβt,ψα+(r,t)=uα+(r)eiωαt

を用い, 更に V(r,t)=V(r)g(t) とする.ただし g(t)V の時間変化を決めている関数である.
このとき, 「遷移行列 T の行列要素 β|T|α」は次式で定義される:
β|S1|α=β|S|αβ|α=iβ|T|αg(t)eiωβαtdt,(37.2)β|T|αuβ(r)V(r)uα+(r)d3r,ωβαωβωα

上式は, 本文の式 (6-72) に相当していることに注意すべし!:
(6-72)β|S1|α  λmn(1)=ieiEmtb/+iEnta/tatbdtcVmn(tc)ei(EmEn)tc/