第2量子化 (part 2)

「スピンはめぐる」表紙
\(\)
こういうふうにして, シュレディンガーの希望して果たせなかった願い, すなわち波動 \(\psi(\mathbf{x})\) を抽象的な座標空間内に閉じ込めないで, 3次元実空間中に迎え入れようという願いが, \(\psi(\mathbf{x})\) の代わりに量子化した \(\hat{\varPsi}(\mathbf{x})\) を用いるという方向で叶えられることになりました.そしてディラックは, 彼の発見論的方法に導かれて, \(\hat{\varPsi}(\mathbf{x})\) の満たすべき場の方程式が \(\psi(\mathbf{x})\) の満たす方程式と同じ形をしていることを発見したのです.しかし,「方程式の形は同じでも, \(\psi\) は 1 個の粒子の確率振幅で \(c\)-数, \(\hat{\varPsi}\) は波動場を記述する \(q\)-数(すなわち物理量)というように, 概念的に全く別のものである」ことを忘れてはなりません.さらに直ぐ後で話しますが,「方程式の形が一致するのは, 粒子間の相互作用が無視されたときに限ることで, 相互作用があれば \(\psi\) と \(\hat{\varPsi}\) とは概念的に異なるのみならず, それの満たす方程式も本質的に異なった数学的性質を持つ」ことになるのです.ですから, よく「\(\psi\) を第2量子化すると \(\hat{\varPsi}\) が得られる」という言い方がなされますが, それは正しくないのです.むしろ「量子化しないマックスウェル方程式が存在するように, 量子化しない \(\varPsi\) についてもその満たす方程式が初めからあって, それは相互作用のないときに限り \(\psi\) の方程式と一致する」と考えた方がよいと僕は思うのです.

何れにせよ, 式 (6-5′) のハミルトニアンを持つ力学系, 言い換えれば場の方程式 (6-1′) を持つ波動場の系と, ハミルトニアン (6-16) を持った力学系, 言い換えれば粒子 \(N\) 個から成る粒子系とは,「もし前者を式 (6-14′) によって量子化し, 後者については対称的なシュレディンガー関数だけを採用するという操作を付け加えるなら, 全く同じ答えを与え, 全く同等である」という事が分かったことは大変な発見でした.なぜなら, そのことから,「量子論に於いては波動即粒子, 粒子即波動という西田哲学めいた命題が何らの矛盾もなく成立し, その数学的表現がちゃんと得られることになったからです.

これまで話して来ました ( 多粒子系は \(q\) -数の \(\hat{A}_n\) と \(\hat{\varPi}_n\) を用いて記述でき, \(\hat{A}_n\) と \(\hat{\varPi}_n\) についての正準方程式が基礎方程式に使えるのではないかという ) ディラックの発見的考察は, 粒子間に相互作用があるような real ensemble に対しては功を奏しません.なぜなら, 彼が出発点にした virtual ensemble では粒子間の相互作用は何の役もしていないからです.そもそも彼の virtual ensemble の中の各力学系は, 粒子1個の系です.ですから, その系内部に相互作用は現れません.また ensemble は virtual なものであって, 例えば第1の系は一日目にだけ存在し, 第2の系は二日目にだけ, 第3の系は三日目にだけ, \(\dotsb\) といったものでもよいわけですから, 二つの異なる系の中の粒子が相互作用するという考えは全く無意味だからです.それにも拘らず,「互いに作用し合っている粒子の real ensemble に対しても, それがボソンであるなら,3次元実空間に実在する波動場 \(\hat{\varPsi}\) による記述が可能である」ことをヨルダンとクラインが示しました.彼らによれば, 今までは場の方程式 (6-1′) の中の \(H(\mathbf{x},\mathbf{p})\) すなわち

\begin{equation}
\def\bra#1{\langle#1|}
\def\ket#1{|#1\rangle}
\def\BK#1#2{\langle #1|#2\rangle}
\def\PKB#1#2{|#1\rangle\langle #2|}
\def\BraKet#1#2#3{\langle#1|#2|#3\rangle}
\def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\def\odiff#1{\frac{d}{d #1}}
\def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}}
\def\Bppdiff#1#2{\frac{\partial^{2}#1}{\partial #2^{2}}}
\def\Bpdiff#1{\frac{\partial^{2}}{\partial #1^{2}}}
\def\ds#1{\mbox{${\displaystyle\strut #1}$}}
\def\reverse#1{\frac{1}{#1}}
\def\oodiff#1#2{\frac{d#1}{d#2}}
\def\mb#1{\mathbf{#1}}
H(\mb{x},\mb{p})= \frac{\mb{p}^{2}}{2m}+V(\mb{x})
\tag{6-20}
\end{equation}

の右辺にある \(V(\mb{x})\) としては外場に起因するポテンシャルエネルギーだけを考えれば良かったが, 粒子間に相互作用, 例えばクーロン斥力が存在するなら, \(V(\mb{x})\) のところに, 外場によるポテンシャルエネルギーの他に, 波動場自身の電気密度 \(e\hat{\varPsi^{\dagger}}\hat{\varPsi}\) によって生じるポテンシャルエネルギー
\begin{equation*}
V_{wave}(\mb{x})=e\phi(\mb{x}),\quad\phi(\mb{x})=\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\int \frac{\rho(\mb{x}^{‘})}{|\mb{x}-\mb{x}’|}
\,d^{3}\mb{x}’
\end{equation*}

すなわち,
\begin{equation}
V_{wave}(\mb{x})=\frac{e}{4\pi\varepsilon_0}\int
\frac{e\hat{\varPsi^{\dagger}}(\mb{x}’)\hat{\varPsi}(\mb{x}’)}{|\mb{x}-\mb{x}’|}\,dv’
\tag{6-21}
\end{equation}

を付け加えて,
\begin{equation*}
V'(\mb{x})=V(\mb{x})+V_{wave}(\mb{x})
\end{equation*}

を用いなければならないというのです.すなわち, 式 (6-1′) の中の \(H(\mb{x},\mb{p})\) として
\begin{equation}
H(\mb{x},\mb{p})=\frac{\mb{p}^{2}}{2m}+V(\mb{x})+V_{wave}(\mb{x})
\tag{6-20′}
\end{equation}

を用いた方程式
\begin{equation}
\left\{\frac{\mb{p}^{2}}{2m}+V(\mb{x})+\frac{e}{4\pi\varepsilon_0}
\int \frac{e\hat{\varPsi}^{\dagger}(\mb{x}’)\,\hat{\varPsi}(\mb{x}’)}{|\mb{x}-\mb{x}’|}\,dv’
-i\hbar \pdiff{t}\right\} \hat{\varPsi}(\mb{x},t)=0
\tag{6-22}
\end{equation}

を式 (6-1′) に代わって用いるのです.そうすると, この理論と
\begin{equation}
H=\sum_{\nu=1}^{N}\left\{ \frac{\mb{p}^{2}_{\nu}}{2m}+V(\mb{x})\right\}
+\sum_{\nu>\nu’}^{N}\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\frac{e^{2}}{|\mb{x}_{\nu}-\mb{x}_{\nu’}|}
\tag{6-23}
\end{equation}

のハミルトニアンを持ったボソン系の量子論とはあらゆる点で一致する答えを持つことを, ヨルダンとクラインは見つけたのです[1]「ある日, 湯川さん, 僕のところへやって来まして, かなり興奮して, こういう論文があるという.」 それがヨルダンとクラインの論文 (1927) … Continue reading.このとき, 式 (6-23) の \(\displaystyle{\sum_{\nu>\nu^{‘}}^{N}\dotsb}\) の項の中に \(\nu=\nu^{‘}\) の項が含まれていないことは注目に値します.その結果, 粒子1個の場合には, \(V_{wave}(\mb{x})\) を付け加えた方程式 (6-22) を用いても, 式 (6-23) の中に \(\displaystyle{\frac{e^{2}}{|\mb{x}_{\nu}-\mb{x}_{\nu^{‘}}|}}\) を含む項は全然現れないことになります.

このヨルダンとクラインの仕事から, \(\hat{\varPsi}\) と \(\psi\) との違いは一層ハッキリしました.なぜなら, ( \(N\) 個の粒子についての) \(\hat{\varPsi}\) に対する場の方程式 (6-22) は,1個の粒子に対する確率振幅を与える方程式 (6-1), すなわち

\begin{equation}
\left\{ \frac{1}{2m}\mb{p}^{2}+V(\mb{x}) -i\hbar\pdiff{t} \right\} \psi(\mb{x},t)=0
\tag{6-22’}
\end{equation}

と全く違った形をしている.しかもこの違いは本質的です.というのは,「変換理論に拠れば, 確率振幅は重ね合わせの原理を満たさねばならず, 従って \(\psi\) の満たすべき方程式は常に線形でなければならないのに, 式 (6-22) は \(\hat{\varPsi}\) について線形でない」からです.そういう訳で, 場の方程式 (6-22) は, \(\hat{\varPsi}\) を \(q\) -数でないと考えても, 絶対に \(\psi\) の方程式とは考えられない性質のものです.「 \(\psi\) を第 2 量子化すれば \(\hat{\varPsi}\) が得られる」という言い方が全く正しくないことは, これでハッキリしたでしょう.

方程式 (6-22) は, 発見論的な理由付けでは導けなかったとしても, とにかく粒子の相互作用を正しく取り入れた場の方程式であって,「もし \(\hat{\varPsi}\) を量子化しないなら, それは古典的なマックスウエル方程式に相当する」ものなのです.それじゃ, 式 (6-22) の左辺に \(\hbar\) が有るのはなぜですかって?.こりゃ良い質問だ.呑気坊主じゃ出来ない質問だ.だけどせっかく良い所に気付いたのだから, 答えはひとつ自分で考えてごらんなさい.[2]( 解答例 ) 式 (6-22) について, … Continue reading
[ ヒント:今までの議論で \(m\to\hbar\tilde{m}\) , \(V\to\hbar\tilde{V}\) , \(e\to\hbar\tilde{e}\) , \(\hat{\varPsi}\to \tilde{\varPsi}/\sqrt{\hbar}\) という置き換えを行ってみよ.そしてその置き換えの意味を考えてみよ.]

ディラックのアクロバットの解説が思わず長くなったが, 結局, 彼が示したかったのは,「多数ボソン系(粒子系)と 3次元空間内の波動場(波動系)とが量子論では同等だ」ということです.彼はこの結論を光子に適用して, 原子によるその放射, 吸収, 散乱を量子論的に論じようとしたのです.しかし, これまでの論法をそのまま光子に適用しようとするには,1個の光子に対する確率振幅の方程式が分かっていなければ困る, と思われるかもしれない.ところで光子は相対論的な粒子で, それに対して式 (6-1) を用いる訳にはいかない.一方,1個の光子の確率振幅を見つけようとする試みは, その頃までにも色々な人がやってみたが, どれもうまく行かない ( 後で分かったことですが, 光子と限らず, 相対論的な理論では \(x,y,z\) 空間内の確率振幅は存在しないのです ).しかし, これまでの長話のおかげでハッキリしたように,「量子化すべき方程式は, 結局, 3次元空間に実在する波動場の方程式であって, 確率振幅のそれではないのです.ですから, 確率振幅の方程式が分からなくても, 場の方程式が分かっているなら, それを量子化すればよいではないか」.我々みたいに長話をしないでも, ディラックには最初からそれが分かっていた訳で, 彼はデバイの線の延長として光の場を量子化し, 原子による光の出し入れ, 或いは散乱について, ちゃんとした答えが出ることを示したのです.

ディラックのこの仕事を引き継いで, 量子化したマックスウエルの場と電子とを一緒に考え, 原子 (の中の電子) と電磁場との相互作用を論ずるという作業は, フェルミやハイゼンベルグ – パウリたちによって, より完全な形に定式化されました.なかでもハイゼンベルグとパウリは, 共著の大論文「波動場の量子力学について」(1929年) に於いて, ディラックやフェルミと違って, 電磁場だけでなく, 電子それ自身も量子化された場と考えて問題を取り扱っている.この論文で「彼らはディラック方程式を電子の確率振幅に対する方程式とは考えずに, 電子場に対する相対論的な場の方程式と見做している」のです.

ここまで来ると, 確率振幅の式としては採用できぬ, とディラックによって拒否されたクライン-ゴルドン方程式も, 一つの可能な相対論的な場の方程式として採用することに文句はあるまい.だからそれを取り上げて, マックスウェル方程式と一緒に量子化し, ハイゼンベルク-パウリの論法で取り扱ってみたらどうなるだろうか, という考えが, 或る晴れた日に, パウリの心の中に浮かんでも, それはそれほど唐突なことではないでしょう.

こういう経緯で, パウリは助手のワイスコップ(V.Weisskopf)に手伝ってもらって, 今日の副題になっている「自然がスピン0の粒子を拒む理由はない」という趣旨の論文を1934年にまとめたのです.そこでいよいよこの本題に入る段取りになるのですが, その前にさっきの問題, すなわち電子場の量子化をどうしてやるか, という問題を片付けておく必要がある.

先程までの話しで, 波動場を量子化することによって現れる粒子はボソンだということが分かりましたが, それでは電子のようなフェルミオンを波動場量子化の方法で取り扱うことは出来ないか, ということが知りたくなります.これに答えてくれたのがハイゼンベルク-パウリの仕事の前年, すなわち1928年に現れたヨルダン-ウィグナー(E.Wigner)の仕事です.彼らの答えは肯定的でした.ただそのためには, 交換関係 (6-14′) では駄目で, その代わりに (6-14′) の左辺のマイナスをプラスで置き換えた関係

\begin{equation}
\Psi(\mb{x})\Pi(\mb{x}’)+\Pi(\mb{x}’)\Psi(\mb{x})=i\hbar\,\delta(\mb{x}-\mb{x}’),\quad
\big[\Psi(\mb{x}),\,\Psi(\mb{x}’)\big]=\big[\Pi(\mb{x}),\,\Pi(\mb{x}’)\big]=0
\tag{6-14’+}
\end{equation}

を用いなければならない.そういう事を彼らは発見したのです.この関係を「反交換関係」と呼びますが, これが成立していると, 式 (6-18) で定義されたオブザーバブル \(N_n\) の固有値は,
\begin{equation}
\text{eigenvalues of}\ N_n = 0,1
\tag{6-18’+}
\end{equation}

であることが導かれ,「この粒子は \(n\) という状態に \(0\) 個か \(1\) 個しか入れないことになり, 従って明らかにパウリの排他原理を満たす」ことが分かる.そして,「こうして量子化された波動場は, ハミルトニアン (6-16) または( 6-23) を持つ粒子系に於いて反対称のシュレディンガー関数だけを採用したもの, すなわちフェルミオン系とあらゆる点で同等だ」ということが証明出来ます.そういう訳で, さっき言った西田哲学まがいの命題は, ボソン, フェルミオン両方を通じて成立することになりました.

ここでいよいよ本命のパウリ-ワイスコップの話に入ります.しかし, なにしろ前置きが波動即粒子, 粒子即波動という大問題に係ることなので思わぬ長話になって, あとあまり時間が無くなってしまった.ですけれど, この長い前置きのお陰で, パウリ-ワイスコップの考えの背景は十分お分かりだと思うので, 後はただ彼らの得た結果を述べるだけで済みます.

パウリ-ワイスコップは, さっき言ったように式 (6-14′) を用いて, クライン-ゴルドン方程式をマックスウェル方程式と共に量子化してみました.そうしたら, 何の矛盾も無く量子化が行われ, クライン-ゴルドン場に付随して, 質量 \(m\), スピン \(0\) のボソンが現れ, しかも興味あることに, ボソンの電荷としては \(\pm e\) という正負両方の値が可能だということが分かった.しかも, 単に可能性があるのみならず, \(2mc^{2}\) より大きな \(\hbar\omega\) を持つ光子が存在すると, それの吸収によって \(+e\) と \(-e\) との粒子の一対がが創生されること, また逆に, こういう一対があると, それが \(\hbar\omega>2mc^{2}\) を放出して消滅することなどが計算によって分かった.

さらにディラック方程式に関して, パウリらは, たとえ1階であってもそれを一個の電子の相対論的確率振幅に対する方程式と見做すことに難点を示しています.彼らによれば,「ディラック方程式も, あくまで電子に対する相対論的な場の方程式であって, それを座標空間内の確率振幅と考えることは出来ない」.「すなわち『一個の粒子が空間の \(\mb{x}\) 点に存在する確率』といったような概念は, 電子も光子も, またクライン-ゴルドン粒子も含めて, およそ相対論的な粒子の場合には意味ないもの, 従って \(\psi(\mb{x})\) をその背後にあるところの確率振幅だと解釈することも無意味なことだ」, と主張している.

この最後の主張の根拠の一つは,「ディラック方程式を一個の電子の確率振幅の方程式だとすると, 電子が負のエネルギーを持つ」というそういう変テコな状態が現れ, しかも「正エネルギー電子も電磁場との相互作用によってエネルギーを放出して負エネルギー状態に落ち込んでしまう」という点です.そんなことが起これば, いろいろと現実に矛盾する変な現象が起こることになる.ディラックは, この困難から抜け出すために, 1930年頃,「真空とは全ての負エネルギー準位がそれぞれ一個の電子で占められている状態だ」という仮説を導入しました.そうすれば,「パウリの排他原理によって, 正エネルギー電子が負エネルギー準位に落ち込むことは出来なくなるはずだ」というのです.しかしパウリに言わせれば, 負エネルギー準位の全てがそんな電子によって充満しているなら, 無限に多数の電子が存在しているわけで, 一体問題をすでに遥かにはみ出していることになる.

そういう訳で, ハイゼンベルク-パウリの論文で行われたように,「ディラック方程式を確率振幅としてではなく, 場の方程式として取り扱うほうが正しい」とパウリは考えた訳です.しかし, どうやらディラックは, ディラック方程式を場の方程式と考えるパウリ流のやり方が気に入らないようで, 彼が1932年に発表した, いわゆる「多時間理論」と呼ばれる事になった多電子問題の新しい理論形式で, 彼は座標空間内の確率振幅 \(\psi\) (ただし相対論化するために, それぞれの電子に別々の時間を与えて \(\psi(\mb{x}_1t_1,\mb{x}_2t_2,\dotsb,\mb{x}_Nt_N)\) という形に拡張した \(\psi\) ) を用いよう, と提案しています.

さて, 話変わって, さっきクライン-ゴルドン場を量子化すると \(\pm e\) のボソンが現れると言いましたが, 実はディラックの負エネルギー準位充満の仮説から, 電子についても, 通常の電子, すなわち負電荷の電子の他に, 正電荷の電子が存在するだろう, ということをディラック自身予想するようになっていたのです.それは, 充満が不完全で, 何処かの負エネルギー準位に電子の欠如があると, その「空孔」は正エネルギーを持ち, 正電荷をもつように振る舞うでしょう (負の欠如は正を意味するというのがディラックの考え) .そういう訳で, 空孔は正電荷の電子のように見えるだろう.[ ディラックは, 初め「この空孔は陽子だろう」と考えた.しかし「そう考えると, この空孔はその近傍に居る電子ですぐ埋められ, 水素原子などは安定に存在出来ないではないか」, とオッペンハイマー(J.R.Oppenheimer) によって批判されました.さらにまた,「空孔は電子と同じ質量を持つように振る舞うはずだ」, ということを数学者のワイル(H.Weyl) が指摘しました. ]

この考えによると, \(\hbar\omega>2mc^{2}\) であるような光子があると, そのエネルギーを吸収して負準位の電子が正準位に励起され, その結果, 正エネルギーの電子と, 負準位の空孔, 言い換えれば正エネルギー・正電荷の電子とが創生されることになります.因みに正電荷の電子は, 1932年にアンダーソン(C.Anderson) によって実験的に発見され,「陽電子(ポジトロン)」と名付けられました.

さっきクライン-ゴルドン方程式を量子化すると正負の荷電粒子が現れるというお話をしましたね.しかし, 実は量子化しないでも,「この方程式には負電荷の粒子のように行動する解があれば, 正電荷の粒子のように行動する解もある」ということを, ディラックは1928年の論文ですでに指摘していた.そして, この方程式によって電子の記述はできないという彼の主張の理由の一つとして, 彼はこの点を挙げていたのです(当時, 電子は負電荷のものしかないと信じられていた).

しかし陽電子が発見されてみれば, この理由は根拠がなくなったのみならず, クライン-ゴルドン方程式に付随するボソンと, ディラック方程式に付随するフェルミオンとは何方も \(\pm e\) の電荷を持つという点で極めて類似した性質を持っていて, そういう類似から見ても, クライン-ゴルドン方程式とディラック方程式とは, どちらも優劣つけ難い存在理由を持つという考えが, 全く当然に見え出した.こういう訳で, パウリは自身を持ってクライン-ゴルドン場の復権を行なう立場に立ったのです.更にまた, ハイゼンベルク-パウリ流にディラック方程式を量子化すると, ちょっとした技巧を用いて, 負エネルギー準位の充満とか空孔とかいったどちらかと言うと人為的な仮説を持ち込まないでも, 陽電子の存在や電子対の創生などを理論の中に組み込むことも可能なのです.そういう点から見て,「ディラック方程式を『場の方程式』と考える方が, それを『確率振幅の方程式』だと考えるディラック好みのやり方より遥かに自然だ」, とパウリは考えている.このようにしてパウリ-ワイスコップは, ディラックが拒んだクラインゴルドン方程式の復権を行ったのです. \(\sim\) 以下略す.\(\sim\)

References

References
1 「ある日, 湯川さん, 僕のところへやって来まして, かなり興奮して, こういう論文があるという.」 それがヨルダンとクラインの論文 (1927) であった.朝永振一郎「量子力学と私」,『量子力学と私』(朝永振一郎著作集11), みすず書房 (1983). pp.6-61, 特に pp.12-13; 同『量子力学と私』, 岩波文庫 (1997), pp.17-84, 特に pp.24-26.
2 ( 解答例 ) 式 (6-22) について, ヒントの置き換えを行ってみると,
\begin{align*}
&\left\{\frac{1}{2\hbar\tilde{m}}(-i\hbar\nabla)^{2}
+\hbar\tilde{V}(\mb{x})+\frac{\hbar\tilde{e}}{4\pi\varepsilon_0}
\int \frac{\tilde{e}\,\tilde{\varPsi}^{\dagger}(\mb{x})\,\tilde{\varPsi}(\mb{x})}{|\mb{x}-\mb{x}’|}\,dv’
-i\hbar\pdiff{t}\right\} \frac{\hat{\varPsi}(\mb{x},t)}{\sqrt{\hbar}}=0,\\
&\left\{\frac{-\nabla^{2}}{2\tilde{m}}+\tilde{V}(\mb{x})+\frac{\tilde{e}}{4\pi\varepsilon_0}
\int \frac{\tilde{e}\,\tilde{\varPsi}^{\dagger}(\mb{x})\,\tilde{\varPsi}(\mb{x})}{|\mb{x}-\mb{x}’|}\,dv’
-i\pdiff{t}\right\}\sqrt{\hbar}\,\hat{\varPsi}(\mb{x},t)=0
\end{align*}
従って, 両辺を \(\sqrt{\hbar}\) で割ると 「\(\hbar\) の無い式」 が得られる:
\begin{equation*}
\left\{\frac{-\nabla^{2}}{2\tilde{m}}+\tilde{V}(\mb{x})+\frac{\tilde{e}}{4\pi\varepsilon_0}
\int \frac{\tilde{e}\,\tilde{\varPsi}^{\dagger}(\mb{x})\,\tilde{\varPsi}(\mb{x})}{|\mb{x}-\mb{x}’|}\,dv’
-i\pdiff{t}\right\}\hat{\varPsi}(\mb{x},t)=0
\tag{1}
\end{equation*}

また, 粒子の個数を表わす式( 6-12”) の \(\hat{\varPsi}\) に, ヒントの置き換えを行ってみると,
\begin{equation*}
N=\int\frac{\hat{\varPsi^{\dagger}}(\mb{x},t)}{\sqrt{\hbar}}
\frac{\hat{\varPsi}(\mb{x},t)}{\sqrt{\hbar}}\,dv\quad\rightarrow\quad
\int \tilde{\varPsi^{\dagger}}(\mb{x},t)\tilde{\varPsi}(\mb{x})\,dv=\hbar N
\tag{2}
\end{equation*}

式 (6-2′) から, この結果を \(\phi(\mb{x})\) の表現で書いてみるならば,
\begin{equation*}
\int \tilde{\phi^{*}}_n(\mb{x})\tilde{\phi}_n(\mb{x})\,dv = \hbar
\tag{2′}
\end{equation*}

これは, \(\phi\) または \(\varPsi\) で表される粒子の規格化を \(1\) ではなく \(\hbar\) としたこと, または, 粒子が「1個」でなくて「 \(\hbar\) 個」としたことに相当している.( 高林:「量子論の発展史」の § 8.4 では,「それが一種の” 量子化 ” であることがよりハッキリする」と述べている ).そしてヒントの置き換えは,「 \(\hbar\) に規格化したこと」により, 質量や電荷も \(\hbar\) 倍されるという訳である.ただし, 電荷密度の定義式 (6-19) は, ヒントの置き換えに対して不変な形となることに注意する:
\begin{equation*}
\rho(\mb{x})=\hbar \tilde{e}\frac{\tilde{\Psi}^{\dagger}(\mb{x})}{\sqrt{\hbar}}
\frac{\tilde{\Psi}(\mb{x})}{\sqrt{\hbar}}=\tilde{e}\tilde{\Psi}^{\dagger}(\mb{x})\tilde{\Psi}(\mb{x})
\tag{3}
\end{equation*}