第2量子化 (part 1)

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「以前, はてなブログの方に書いた記事はここで示すのが良い」と判断し, こちらに移動することにした.
「スピンはめぐる」表紙
多数の同種粒子から成る系を扱う場合, その系の状態を表わすのに “色々な一粒子状態を占めている粒子の数 ” で表現する「数量表示」を用い, その粒子数の変化は “消滅演算子” や “生成演算子” で表現するやり方がある.また, 多粒子系を三次元空間の中で起こる量子化された波として扱う「場の量子論」では,「第2量子化」が行われる.この「第2量子化」という概念がちょっと分かりづらく感じた.色々と書物を探していたら, 朝永著「スピンはめぐる」の第 6 話に分かり易い説明があるのを見つけたので, その部分をコピーして多少の式展開の補足を付けたものを (少し長いので二回に分けて) 示すことにしよう.従って, 全文がほぼ引用文である.


君たちも経験したことだろうと思うが, 波動力学を習うとすぐに出てくる”波動”なるものですね, あるいはシュレディンガー関数 \(\psi\) というもの, この波動が, ときには我々の住むこの「3次元空間」の中に実在する波のように言われるかと思うと, ときには「抽象的な座標空間」内の波のように言われたりする.一体どちらなのか困惑した記憶はないだろうか.こういう概念の混乱は, 事実, 量子力学の歴史の中でも初期の頃しばしばあったのです.現にシュレディンガー自身, 彼の「固有値問題としての量子化」のシリーズを見ても分かるが, この2つの考えの間を行きつ戻りつしている.しかし, どちらかと言うと, 彼は彼の \(\psi\) を3次元空間内の波だと考えたがっていたようだ.例えば彼は \(\def\mb#1{\mathbf{#1}} e\,\psi^{*}(\mb{x})\,\psi(\mb{x})\) を空間内に実在する電気密度だと考え, その密度のかたまりが電子だと考えようとしていた.しかし, この考えはうまくゆかなかった.なぜなら \(\psi^{*}\psi\) は, 時間が経つと拡がってしまって, 塊りはボヤケてしまうから.

ところが, 一方で量子力学が変換理論の形で完成されると, シュレディンガーの \(\psi\) は力学系の状態ベクトルの一つの表現だということになった.それはまた「確率振幅」とも呼ばれ, 力学系を記述する一般化座標の関数であり, 従って「\(\psi\) で表される波動は『抽象的な座標空間内』のもので, 我々の『3次元空間内』の波ではない」ということになる.ですから, たとえば2個の粒子の場合, \(\psi\) は第1粒子の座標 \(\mb{x}_1\) と第2粒子の座標 \(\mb{x}_2\) との関数 \(\psi(\mb{x}_1,\mb{x}_2)\) であり, 従ってこの波は6次元の座標空間内の波だ, ということになる.それどころか, もっと一般的に \(\psi(\,)\) のカッコ内に書かれる変数は, 空間座標 \(\mb{x}_1,\,\mb{x}_2,\,\dotsb\) に限る必要もなく, ラグランジュの一般座標どころか, ハミルトン力学に現れるところの, もっと抽象的なカノニカル座標であってもよい.

そういう訳で, シュレディンガーが考えたがっていた「実在物質波論」はとどめを刺されたかのように見えた訳です.光の波は確かに我々の3次元空間の中に実在しているが, 物質の波はそうではない, という考え方がオーソドックスになりそうであった.

ところが, ここで「波動場の量子化」という着想が現れて, 形勢は一変しました.すなわち,「空間内に実在する物質波という概念が, 空間内に実在する光の波と全く同様に妥当な概念として成立する」ことが分かってきたのです.

量子力学は, はじめ電子とか核とか, そういう物質粒子を対象として完成されました.そして原子が光を出したり吸ったり散乱したりする, そういう現象は, 電子の座標のマトリックス要素が昔の考え方での電子運動のフーリエ成分に対応するという, そういう対応を手がかりにして, 古典論からの類推によって取り扱うより方法がなかった.ところが「量子力学が変換理論 [1]変換理論 (transformation theory) という術語は, ディラックが 1927 年頃からの量子論の初期の定式化に於いて用いた「手続き」(procedure) … Continue reading の形で完成されると, 光の場に対して量子力学を適用する準備が出来上がった.そこで原子と光の場との両方を一緒に含んだ力学系を考え,「場の方にも量子論の適用(場の量子化)」を行って, 原子と光の相互作用をコンシステントに取り扱う」.そういう試みが現れました.この考えに口火を切ったのはディラックであって, それは1927年のことでした.

「光の場を量子論的に取り扱う」という考えは新しいものではありません.すでに量子論の始まりから, 光の場を平面波に分け, プランクの条件: \(E_{\omega}=N_{\omega}\hbar\omega\) , \(N_{\omega}=0,1,2,\dotsb\) が成り立つようにその振幅を離散的にすれば, プランクの公式が出て来る.そういうデバイ (P.Debye) の考えがありました.ですから, 単純にプランクの条件を ad hoc に(そのためだけに,その場限りで) 用いる代わりに,「ここで波の振幅をマトリックス(或いはディラックの所謂 \(q\) -数) と考え直して新しい量子力学を用いれば, 自ずから \(E_{\omega}=N_{\omega}\hbar\omega\) が導かれるでしょうし, このときエネルギー \(\hbar\omega\) を持つ光子の個数が \(N_{\omega}\) である, と言う解釈が可能になるでしょう.そのようにして自ずから光の粒子性が出て来ることになる」. 現に, ハイゼンベルクのマトリックス力学が現れたとき, 電磁場 \(\mb{E}\) や \(\mb{B}\) もマトリックスと考えようと提案したのは, マトリックス力学を完成させたボルン(M.Born), ヨルダン(P.Jordan), ハイゼンベルクら自身でした.[ ただし, この時代にはまだ「確率振幅」という考えが現れていなかったので, 彼らは彼らの考えを光の放射, 吸収, 散乱にまで適用することはありませんでした.]

ディラックも, 上記の彼の試みの糸口としてデバイやボルンたちの考え方を用いていることは言うまでもありません.しかし, この糸口だけなら凡人も気付かないことも無いが (それをやり果せるかどうかは別として), 彼はもう一つ, 彼独特の考え方を話のきっかけに持ち出している.それは何かと言うと, 後に「第2量子化」と呼ばれるようになった奇妙な考え方なのです.この考えから「物質波」が3次元空間の中に迎え入れることになったことと, この奇妙な思いつきがいかにもディラックらしいので, ちょっと時間を割いて説明させて下さい.

ディラックは, まず1個の粒子のシュレディンガー方程式を考える.それはご承知のように次でしたね:

\begin{equation}
\def\bra#1{\langle#1|}
\def\ket#1{|#1\rangle}
\def\BK#1#2{\langle #1|#2\rangle}
\def\PKB#1#2{|#1\rangle\langle #2|}
\def\BraKet#1#2#3{\langle#1|#2|#3\rangle}
\def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\def\odiff#1{\frac{d}{d #1}}
\def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}}
\def\Bppdiff#1#2{\frac{\partial^{2}#1}{\partial #2^{2}}}
\def\Bpdiff#1{\frac{\partial^{2}}{\partial #1^{2}}}
\def\mb#1{\mathbf{#1}}
\def\ds#1{\mbox{${\displaystyle\strut #1}$}}
\def\mfrac#1#2{\frac{#1}{#2}}
\def\reverse#1{\frac{1}{#1}}
\def\oodiff#1#2{\frac{d#1}{d#2}}
\left\{H(\mb{x},\mb{p})-i\hbar\pdiff{t}\right\}\psi(\mb{x},t)=0,\quad
H(\mb{x},\mb{p})=\mfrac{\mb{p}^{2}}{2m}+V(\mb{x}),\quad \mb{p}=-i\hbar\nabla
\tag{6-1}
\end{equation}

彼が完成させた変換理論によれば, \(\psi(\mb{x},t)\) は時刻 \(t\) に於ける系の状態ベクトルを表わしますね.このとき何か一つの力学量(ディラック流に言えばオブザーバブル) \(G(\mb{x},\mb{p})\) を考え, それの固有値を \(g_{n}\) , 固有関数を \(\phi_{n}(\mb{x})\) とします.ここで \(n=1,2,3,\dotsb\) .
このとき \(\phi_n(\mb{x})\) は完全直交系を作りますから, \(\psi(\mb{x},t)\) を次のように展開します:
\[\psi(\mb{x},t)=\sum_{n} a_n(t)\,\phi_n(\mb{x})\tag{6-2}\]
そうすると, 時刻 \(t\) に於いてオブザーバブル \(G(\mb{x},\mb{p})\) を測定し, 値 \(g_n\) が得られることの確率は次で与えられる:
\[ P_n(t)=|a_n(t)|^{2}\tag{6-3}\]
これが「変換理論の結論」でした.ただし「 \(\psi\) や \(\phi_{n}\) は全て1に規格化されている」とします.このとき \(H(\mb{x},\mb{p})\) は系のエネルギーを意味しますが, 状態 \(\psi(\mb{x},t)\) でのその期待値は \(H\) のマトリックス要素:
\begin{equation}
H_{n,n’}=\int \phi_{n}^{*}(\mb{x}) H(\mb{x},\mb{p})\phi_{n’}(\mb{x})\,dv
\tag{6-4}
\end{equation}

を用いて,
\begin{align}
\langle H \rangle &\equiv \int \psi^{*}(\mb{x},t)H(\mb{x},\mb{p})\psi(\mb{x},t)\,dv
=\int \sum_n a_n^{*}(t)\phi_n^{*}(\mb{x})\,H(\mb{x},\mb{p})\sum_{n’} a_{n’}(t)\phi_{n’}(\mb{x})\,dv \notag\\
&=\sum_{n,n’}a_n^{*}(t)\left(\int \phi_n^{*}(\mb{x})H(\mb{x},\mb{p})\phi_{n’}(\mb{x})\,dv\right)a_{n’}(t)\notag\\
&=\sum_{n,n’} a_{n}^{*} H_{n,n’} a_{n’}
\tag{6-5}
\end{align}

で与えられることを注意しておきます.このとき「 \(\langle H \rangle\) が時間に関係しない値を持つ」ことも直ぐ分かる[2]波動関数として\(\psi(\mathbf{x},t)=e^{-i\omega t}\phi(\mathbf{x})\) としたとき, その複素共役は \(\psi^{*}(\mathbf{x},t)=e^{+i\omega t}\phi^{*}(\mathbf{x})\) となるので, … Continue reading

マトリックス要素の式 (6-4) を用いると, 式 (6-1) から \(a_n(t)\) の時間変化に対して次式が導かれる:

\begin{equation}
\frac{d a_n(t)}{d t}=\reverse{i\hbar}\sum_{n’} H_{n,n’} a_{n’}(t)
\tag{6-6}
\end{equation}

これを導出するには, 式 (6-1) の \(H\) に式 (6-2) を用い, 両辺に \(\phi_n^{*}\) を掛け合わせた後で体積積分すればよい:
\begin{align*}
&i\hbar\pdiff{t}\sum_{n’}a_{n’}(t)\phi_{n’}(\mb{x})
=i\hbar\sum_{n’} \ppdiff{a_{n’}}{t}\phi_{n’}(\mb{x})
=H\sum_{n’}a_{n’}\phi_{n’}=\sum_{n’}a_{n’}H\phi_{n’},\\
&i\hbar \sum_{n’}\ppdiff{a_{n’}}{t}\int \phi^{*}_n(\mb{x})\phi_{n’}(\mb{x})\,d\mb{r}
=\sum_{n’}a_{n’}(t)\int \phi^{*}_n(\mb{x})H\phi_{n’}(\mb{x})\,d\mb{r}
=\sum_{n’}a_{n’}(t)H_{n,n’},\\
&i\hbar \sum_{n’}\ppdiff{a_{n’}}{t}\delta_{n,n’}=i\hbar\ppdiff{a_{n}}{t}
=\sum_{n’}a_{n’}(t)H_{n,n’}\quad
\rightarrow \quad \ppdiff{a_{n}}{t}=\reverse{i\hbar}\sum_{n’}a_{n’}(t)H_{n,n’}
\end{align*}
従って, 式 (6-6) の複素共役をとった式も導かれる:
\begin{equation}
\frac{d a_{n}^{*}(t)}{d t}=-\reverse{i\hbar}\sum_{n’} a_{n’}^{*}(t) H_{n’,n}
\tag{6- \(6^{*}\) }
\end{equation}

この式 (6-6) と式 (6- \(6^{*}\) ) は, 式 (6-5) の \(\langle H \rangle\) を用いて次のように書けることが分かる:

\begin{equation}
\oodiff{a_n}{t}=\reverse{i\hbar}\ppdiff{\langle H \rangle}{a_{n}^{*}},\quad
\oodiff{a_{n}^{*}}{t}=-\reverse{i\hbar}\ppdiff{\langle H \rangle}{a_{n}}
\tag{6-7}
\end{equation}

このことから「展開係数 \(a_n\) を『座標変数』と考えてしまう!」.そして \(a_n\) に共役な『運動量』を次とする:
\begin{equation}
\pi_{n}=i\hbar a_n^{*}
\tag{6-8}
\end{equation}

そして, 「ハミルトニアン」は次と考える:
\begin{equation}
\langle H \rangle = \reverse{i\hbar}\sum_{n,n’} \pi_{n}H_{n,n’}a_{n’}
\tag{6-9}
\end{equation}

すると, \(a_n\) と \(\pi_n\) とが次のカノニカルな運動方程式 (正準運動方程式) を満たすことが導かれる:
\begin{equation}
\oodiff{a_n}{t}=\ppdiff{\langle H \rangle}{\pi_n},\quad
\oodiff{\pi_n}{t}=-\ppdiff{\langle H \rangle}{a_n}
\tag{6-10}
\end{equation}

さて, 今まで我々は粒子1個から成る力学系を一つだけ考えてましたが, ここでディラックに倣って,「粒子1個から成る力学系を \(N\) 個集めたアンサンブルを考えます」[3]アンサンブル(ensemble):統計平均を表わすために導入された集団で, 同一条件を満たし同一の相互作用をしている系の集まりのこと.. そうすると, ある時刻にオブザーバブル \(G\) を測定して値 \(g_n\) が得られるような,「そういう系がこのアンサンブルの中にいくつあるか」という個数の期待値は, \(P_n\) の \(N\) 倍

\begin{equation}
N_n\equiv N P_n = N |a_n|^{2}
\tag{6-3′}
\end{equation}

で与えられますね.そこで次と置く:
\begin{equation}
A_n=\sqrt{N} a_n,\quad A_n^{*}=\sqrt{N} a_n^{*}
\tag{6-11}
\end{equation}

すると, 次が得られる:
\begin{equation}
N_n =N |a_n|^{2} =\sqrt{N}\sqrt{N}a_n^{*}a_n=A_{n}^{*}A_n
\tag{6-3′}
\end{equation}

更に, 式 (6-8) に対応して
\begin{equation}
\varPi_{n}=i\hbar A_n^{*}
\tag{6-8′}
\end{equation}

と置き, 式 (6-9) に対応して次と置く:
\begin{equation}
\overline{H}=\sum_{n,n’} A_{n}^{*}\,H_{n,n’}\,A_{n’}
= \reverse{i\hbar}\sum_{n,n’} \varPi_{n}\,H_{n,n’}\,A_{n’}
\tag{6-9′}
\end{equation}

すると, 式 (6-10) に対応した正準方程式として次が導かれます:
\begin{equation}
\oodiff{A_n}{t}=\ppdiff{\overline{H}}{\varPi_n},\quad
\oodiff{\varPi_n}{t}=-\ppdiff{\overline{H}}{A_n}
\tag{6-10′}
\end{equation}

この式 (6-10′) を見ると, ここでも \(A_n\) と \(\varPi_n\) とをカノニカルな変数 (正準変数) と考えることができ, それらは \(\overline{H}\) をハミルトニアンとするカノニカルな方程式 (正準方程式) を満たすことが分かる.このとき \(a_n\) については次が成立した:
\begin{equation}
\sum_n |a_n|^{2}=\int \psi^{*}(\mb{x},t)\psi(\mb{x},t)\,dv = 1
\tag{6-12}
\end{equation}

これに対し, \(A_n\) では次が成り立つ:
\begin{equation}
\sum_n |A_n|^{2}=\sum_n A_n^{*}A_n= \sum_n \sqrt{N}a_{n}^{*}\sqrt{N}a_n =N\sum_n a_{n}^{*}a_n= N
\tag{6-12′}
\end{equation}

更に \(A_n\) や \(\varPi_n\) が複素数だということが気になるが, それなら次式によって定義される \(N_{n}\) と \(\varTheta_n\) を用いればよいとディラックは言う:
\begin{equation}
A_n = \sqrt{N_n}e^{i\varTheta_n/\hbar},\quad
A_n^{*}=\sqrt{N_n} e^{-i\varTheta_n/\hbar}
\tag{6-13}
\end{equation}

ディラックはこの \(N_n\) と \(\varTheta_n\) とが互いに共役なカノニカル変数であることを証明しているのです.そして, この変数を用いるときのハミルトニアンは, 次であると考えればよい:
\begin{equation}
\overline{H}=\sum_{n,n’} A_{n}^{*}\,H_{n,n’}\,A_{n’}
=\sum_{n,n’} \sqrt{N_n} e^{-i\varTheta_n/\hbar}\,H_{n,n’}\,\sqrt{N_{n’}}e^{i\varTheta_n/\hbar}
\tag{6-9”}
\end{equation}

ここでディラックは, 彼独特のアクロバットをやりました.すなわち,「彼は \(A_n\) や \(\varPi_n\) を通常の数でなく, 量子力学的な \(q\) -数と考えたのです」.すなわち「座標変数と見做した \(\hat{A}_n\) とその共役運動量 \(\hat{\varPi}_n\) との間に, 次のようなカノニカルな交換関係を持ち込んで問題を量子化しよう」というのです:

\begin{equation}
\hat{A}_n\hat{\varPi}_{n’}-\hat{\varPi}_{n’}\hat{A}_n = i\hbar\,\delta_{n,n’},\qquad
\hat{A}_n \hat{A}_{n’}-\hat{A}_{n’}\hat{A}_n = \hat{\varPi}_{n}\hat{\varPi}_{n’}-\hat{\varPi}_{n’}\hat{\varPi}_{n}=0
\tag{6-14}
\end{equation}

この考えをなぜアクロバティックだと言うか?.そもそもシュレディンガー方程式 (6-1) はすでに量子化の結果として現れたものです.従って, それから導かれた式 (6-10) も式( 6-10′) も皆そうです.それを「第2量子化」の名が示すように, もう一度量子化するということに一体どんな意味があるのだろうか?.凡人たちはここで戸惑いを感じざるを得ない.しかし, 戸惑ってばかりいても仕方がないから, この戸惑いの原因は何処にあるかをもう少し突き止めなければならない.そうすると, 以下のような点に気付く.

量子力学に於いては \(q\) -数 [4]\(q\) -数とは quantum number の略で, 物理量を表わす演算子を指す.一般には交換則を満たさない.それに対して, 普通の数は \(c\) -数 (common number の略) … Continue reading を用いて表わされるものは, 座標 \(q\) にしても運動量 \(p\) にしても, 或いはエネルギー \(H\) にしても, さっき考えた \(G\) にしても, みなオブザーバブルです.「オブザーバブル」という概念はディラックによって導入されたわけですが, それはいずれも何らかの実験によって直接測定され得る量です.ところが式 (6-3) によって定義される確率 \(P_n\) のようなものはそうではない.それを決めるには, オブザーバブル \(G\) の測定を何回も繰り返し行ない, そうして得られた多数のデータを集積し, その中の何分の1が \(g_n\) であったか, ということを調べなければならない.そういう訳で, \(P_n\) は何らかの測定実験で直接得られる量ではなく, 従ってそれはオブザーバブルではないことになる.そうすると, \(a_n\) も \(a_n^{*}\) も \(\pi_n\) も皆そうなのです.

同様なことは \(N_n\) や \(A_n\) や \(A_n^{*}\) や \(\varPi_{n}\) についても言えます.そもそも, さっき「粒子1個から成る力学系を \(N\) 個集めたアンサンブル」と言ったときのアンサンブルというのは, あくまで考えの上でのアンサンブルであって, 目の前に \(N\) 個の力学系が実在する必要は少しもない.現に1個の力学系を用いて何回も同じ条件の下で \(G\) の測定を繰り返し, その実験データの集積の中に値 \(g_n\) が何回あったか, という回数が \(N_n\) であった.また例えば, 第1の力学系は一日目に作り上げ, それについて \(G\) を測定し, 測定の後その系を壊してしまい, 第2の力学系は二日目に作り上げ, それについて \(G\) を測定し, その後その系を壊してしまい, 第3の力学系は三日目に作り上げ, \(\dotsb\) といったようなやり方をしてもよい.そういう訳で, ここで考えているアンサンブルは統計で言う「virtual ensemble」を意味している訳です.ですから「個数 \(N_n\) と言っても, それ自身何かのオブザーバブルを測定して直ちに得られる量ではなく, 何回か繰り返したオブザーバブル測定で得られるデータの集積に関わる数値に過ぎない」のです.

我々が \(N_n\) や \(A_n\) や \(\varPi_n\) を \(q\) -数と見做したディラックの第2量子化の前で戸惑いを感じたのは, 実にこういう点なのです.君たちの中には, 第2量子化をスラスラと受け入れる人も居るかも知れない.もしそういう人が居るなら, その人はディラックと同じくらい偉い人か, 或いはまた, 突き詰めて物事を考えないで, あやふやのままで何でも分かったような気になってしまう呑気坊主かのどちらかでしょう.

それでは, こうした問題点にもかかわらず, ディラックが \(N_n\) や \(A_n\) や \(\varPi_n\) の量子化を敢えて行ったことに, どんな根拠があるのでしょうか?.その答えを僕は以下のように考えるのです.

我々は「virtual ensemble に対する統計的結論が real ensemble に対するそれとしばしば一致する」という事実を知っています.ですから, 我々の今の問題でも, この一致が成立することはありそうなことです.もしそうなら,「粒子1個から成る力学系を \(N\) 個集めた virtual ensemble」についての結論を「相互作用のない粒子 \(N\) 個の力学系という real ensemble」に当てはめることが出来るでしょう.『ところが, この real ensemble では, 例えば \(N_n\) はオブザーバブルと考えてよい [5] 量 \(N_n\) とは,「 \(N\) 個の系を用意し それらの系に対し観測量 \(G\) を測定したとき, 値 \(g_n\) を与える “系の個数” の期待値」であった..  なぜなら, 粒子 \(N\) 個から成る力学系で \(N_n\) を決めることは, 粒子 \(1,2,3,\dotsb,N\) に対する \(G\) , すなわち \(G(\mb{x}_1,\mb{p}_1)\) , \(G(\mb{x}_2,\mb{p}_2)\) , \(\dotsb\) , \(G(\mb{x}_3,\mb{p}_3)\) , \(\dotsb\) , \(G(\mb{x}_N,\mb{p}_N)\) の測定に帰着させることが出来るからです』.このとき, この \(N\) 個の \(G\) は全て互いに可換ですから, 変換理論に従えば \(N\) 個の \(G\) の測定は同時に行うことが出来, それを一回の測定と見做すことが出来る.更にオブザーバブル \(N_n\) は, 解析関数ではないが, \(N\) 個のオブザーバブル \(G\) の関数ですから (互いに可換な \(N\) 個の \(G\) の値が決まれば \(N_n\) の値は決まるから, \(N_n\) は \(N\) 個の \(G\) の関数です), 結局 \(N_n\) は一回の測定で決まる量となる.こういう訳で, 我々の real ensemble に於いては \(N_n\) を \(q\) -数と考えてよく, 従って \(A_n\) も \(\varPi_n\) もそうです.こういう訳で, ディラックが行ったことは「 \(q\) -数の \(\hat{N}_n\) とそれに共役な \(\hat{\varTheta}_n\) または \(\hat{A}_n\) と \(\hat{\varPi}_n\) を用いて多粒子系を記述することが可能ではなかろうか.そして, そのためには基礎方程式として式 (6-10′) を用いる.或いはハミルトニアン (6-9′) を出発点にすることが出来るのではなかろうか?, という問いの答えを探り当てるための発見論的 (heuristic) な考察であった」わけです.つまり, 彼は 第2量子化 を, そういう可能性を見付けるための発見論的な方法として, しかもその限りに於いて利用しているのです.

そういうように, 第2量子化 が発見論的な論理であったとすれば, それを通して見当をつけたハミルトニアン (6-9′) または (6-9”) を出発点とする理論が, これまでに知られていた通常のやり方で多粒子系を取り扱って得られる結論と同じ答えに導くかどうかを実際に確かめねばならない訳です.ここで通常のやり方というのは,「抽象的な座標空間の中で \(\psi\) を考えるやり方」, すなわち粒子が \(N\) 個のとき, シュレディンガー方程式

\begin{equation}
\left\{ H(\mb{x}_1,\mb{p}_1)+H(\mb{x}_2,\mb{p}_2)+\dotsb+ H(\mb{x}_N,\mb{p}_N)
-i\hbar\pdiff{t}\right\} \psi(\mb{x}_1,\mb{x}_2,\dotsb,\mb{x}_N)=0
\tag{6-15}
\end{equation}

を解くやり方です.ディラックは式 (6-15) の解 \(\psi(\mb{x}_1,\mb{x}_2,\dotsb,\mb{x}_N)\) の中で粒子の交換に対して対称なものだけを採るなら, この一致がちゃんと成り立つことの証明を彼の論文の中で実際に与えています.そういう訳で,「ハミルトニアンとして式 (6-9′) の \(\overline{H}\) を, 交換関係として式 (6-14) を用いて問題を解くということは, 次のハミルトニアン
\begin{equation}
H=\sum_{\nu=1}^{N} H(\mb{x}_{\nu},\mb{p}_{\nu})
\tag{6-16}
\end{equation}

を持つ \(N\) 個のボソン系の振舞いを式 (6-15) を解くことによって得るのと同等だ」ということがハッキリした訳です.ここでハミルトニアン (6-9′) または (6-9”) を用いるときに現れる確率振幅は, そのとき用いられる「座標!」である \(A_n\) または \(N_n\) の関数
\begin{equation}
\psi(A_1,A_2,\dots,A_N,\dotsb),\quad\text{or}\quad
\psi(N_1,N_2,\dotsb,N_n,\dotsb)
\tag{6-17}
\end{equation}

であり, 特によく使われるのは後者であって, それに対するシュレディンガー方程式は次の形になります:
\begin{equation}
\left\{\sum_{n,n’} \sqrt{N_n} e^{-i\varTheta_n/\hbar}\,H_{n,n’}\,e^{i\varTheta_n/\hbar}
\sqrt{N_{n^{‘}}} -i\hbar \pdiff{t}\right\}\psi(N_1,N_2,\dotsb,N_n,\dotsb)=0
\tag{6-17′}
\end{equation}

そして, これに含まれている演算子 \(e^{\pm i\varTheta/\hbar}\) は,
\begin{equation*}
e^{\pm i\varTheta/\hbar}\psi(N)=\psi(N\pm 1)
\end{equation*}

という性質を持つことをディラックは証明しています.実はこの証明, 厳密には正しくないのですけれど, それは発見論としてはいかにもディラックらしい面白いものですから, ここで紹介しておきましょう.

(証明)  \(\varTheta\) は \(N\) に共役な運動量であるから, それを \(N\) の関数に施すときには \(-i\hbar\partial/\partial N\) として考えてよい.すると,
\begin{align*}
e^{\pm i\varTheta/\hbar}&=e^{\pm \partial/\partial N}
=1\pm \pdiff{N}+\reverse{2!}\Bpdiff{N}\pm \reverse{3!}\mfrac{\partial^{3}}{\partial N^{3}}+\dotsb,\\
\therefore\quad e^{\pm i\varTheta/\hbar}\psi(N)&=\exp\left(\pm \pdiff{N}\right)\psi(N)
=\left(1\pm \pdiff{N}+\reverse{2!}\Bpdiff{N}\pm \reverse{3!}\frac{\partial^{3}}{\partial N^{3}}+\dotsb\right)\psi(N)\\
&=\psi(N)\pm \ppdiff{\psi(N)}{N}+\reverse{2!}\Bppdiff{\psi(N)}{N}\pm \reverse{3!}\frac{\partial^{3}\psi(N)}{\partial N^{3}}+\dotsb
\tag{1}
\end{align*}
となる.ところが関数 \(\psi(N)\) の \(N’=N\pm 1\) 付近でのテイラー展開は, \(N’-N=\pm1\) であるから,
\begin{align*}
\psi(N’)&=\psi(N)+\ppdiff{\psi(N)}{N}(N’-N)+\frac{1}{2!}\Bppdiff{\psi(N)}{N}(N’-N)^{2}+\dotsb,\notag\\
\therefore\quad \psi(N\pm 1)&=\psi(N)+\ppdiff{\psi(N)}{N}(\pm1)+\reverse{2!}\Bppdiff{\psi(N)}{N}
(\pm1)^{2} +\reverse{3!}\frac{\partial^{3}\psi(N)}{\partial N^{3}}(\pm1)^{3}+\dotsb\\
&=\psi(N)\pm \ppdiff{\psi(N)}{N}+\reverse{2!}\Bppdiff{\psi(N)}{N}\pm\reverse{3!}\frac{\partial^{3}\psi(N)}{\partial N^{3}}+\dotsb
\tag{2}
\end{align*}
式 (1) と式 (2) から目的の式 \(e^{\pm i\varTheta/\hbar}\psi(N)=\psi(N\pm 1)\) が成り立つ.Q.E.D.

こういう訳で, 用いられた発見論は何であれ,「それを通じて発見された理論がボソンに対して正しい」ということがちゃんと証明された以上, 我々はもはや何のためらいも持つ必要はなくなります.我々は安心して前進することが出来ます.そこでハミルトニアン (6-9′), 運動方程式 (6-10′), 及び交換関係 (6-14), 更に \(A_n\) と \(N\) の関係式 (6-12′) を, 後の議論に役立つように変形して行きましょう.そこで式 (6-2) を思い出しつつ

\begin{equation}
\hat{\varPsi}(\mb{x})=\sum_n \hat{A}_n\phi_n(\mb{x}),\quad \hat{\varPi}(\mb{x})=\sum_n \hat{\varPi}_n\phi_n^{*}(\mb{x})
\tag{6-2′}
\end{equation}

を用いて,「\(q\) -数 (即ち物理量としての演算子) の波動関数 \(\hat{\varPsi}(\mb{x})\) 」とそれの「共役運動量関数 \(\hat{\varPi}(\mb{x})\) 」を定義します.そうすると, 式 (6-14) から \(\hat{\varPsi}(\mb{x})\) と \(\hat{\varPi}(\mb{x})\) との間に次のカノニカルな交換関係 (正準交換関係)
\begin{align}
&\hat{\varPsi}(\mb{x})\hat{\varPi}(\mb{x}^{‘})-\hat{\varPi}(\mb{x}^{‘})\hat{\varPsi}(\mb{x})=i\hbar \delta(\mb{x}-\mb{x}^{‘}),\notag\\
&\hat{\varPsi}(\mb{x})\hat{\varPsi}(\mb{x}^{‘})-\hat{\varPsi}(\mb{x}^{‘})\hat{\varPsi}(\mb{x})=0,\notag\\
&\hat{\varPi}(\mb{x})\hat{\varPi}(\mb{x}^{‘})-\hat{\varPi}(\mb{x}^{‘})\hat{\varPi}(\mb{x})=0
\tag{6-14′}
\end{align}

が得られ,「 \(\hat{\varPsi}(\mb{x})\) に対する運動方程式」として次が導かれる:
\begin{equation}
\left\{H(\mb{x},\mb{p})-i\hbar \pdiff{t} \right\}\hat{\varPsi}(\mb{x})=0
\tag{6-1′}
\end{equation}

更に, 次が成り立つことも直ぐ分かる:
\begin{equation}
\hat{\varPi}(\mb{x})=i\hbar \hat{\varPsi}^{\dagger}(\mb{x})
\tag{6-8”}
\end{equation}

従って \(\hat{\varPi}(\mb{x})\) に対する運動方程式は, 式 (6-1’) の「共役虚[6]ディラックは「実数部分及び虚数部分に分けられる複素量には「共役複素」という言葉を用い, … Continue reading に他ならないことが分かる.( ここで \(\hat{\varPsi}\) は \(q\) -数ですから, 共役虚を表わすのに記号 \(*\) の代わりに \(\dagger\) を用いました):
\begin{equation*}
\hat{\varPsi}^{\dagger}(\mb{x})\left\{H(\mb{x},\mb{p})+i\hbar \pdiff{t} \right\}=0
\quad\rightarrow\quad
\hat{\varPi}(\mb{x})\left\{H(\mb{x},\mb{p})+i\hbar \pdiff{t} \right\}=0
\end{equation*}

更に,「ハミルトニアン」の式 (6-9′)は,
\begin{equation}
\overline{H}=\reverse{i\hbar}\int \hat{\varPi}(\mb{x})\,H(\mb{x},\mb{p})\,\hat{\varPsi}(\mb{x})\,dv
=\int \hat{\varPsi}^{\dagger}(\mb{x})\,H(\mb{x},\mb{p})\,\hat{\varPsi}(\mb{x})\,dv
\tag{6-5′}
\end{equation}

となり, 更に式 (6-12′) の関係式は次となります:
\begin{equation}
N=\int \hat{\varPsi}^{\dagger}(\mb{x},t)\,\hat{\varPsi}(\mb{x},t)\,dv
\tag{6-12”}
\end{equation}

この \(N\) は \(\overline{H}\) と可換であり, 従って時間 \(t\) に無関係なことが分かります.[7]ハミルトニアンと交換可能な量は「運動の定数」になるのであった.

さて, こうして得られた方程式 (6-1′) を見ると, それは一個の粒子の確率振幅に対する方程式と同じ形をしており, またハミルトニアン (6-5′) を見ると, 粒子一個の場合のエネルギー期待値 (6-5) と同じ形をしていることが分かる.しかし,「形は同じでも,その意味は全く異なっていることを忘れてはなりません!.すなわち,「式 (6-1′) や式 (6-5′) はボソン \(N\) 個から成る力学系のオブザーバブルに関わるもので, どちらも \(q\) -数の間の関係式である」のに対して,「式 (6-1) や式 (6-5) は一個の粒子の確率振幅や期待値に関わるもの」であるわけです.このとき注目すべきことは, 式 (6-1′) も式 (6-5′) も, また交換関係 (6-14′) も, ボソンの個数 \(N\) を全く含んでいないことです.従って, これらの関係式は「ボソン任意個から成る力学系」についての基礎的関係と考えてよろしい.このようにして波動関数 \(\hat{\Psi}(\mb{x})\) は, 抽象的な座標空間中の波動 \(\psi\) と異なって,「粒子の個数に無関係な, 常に3次元空間 \(\mb{x}\) の点の関数」です.従って,「我々の \(q\) -数即ち物理量と見做した波動関数 \(\hat{\varPsi}\) は, 我々の住んでいる3次元空間に実在する波動(波動場)と考えることが出来ます」.それでは, 粒子の個数は何処に現れるかというと, それは式 (6-12”) です.すなわち,「粒子の個数は \(\hat{\varPsi}\) の振幅に関係して現れてくる」のです.

このようにして我々は,「ハミルトニアン (6-5′) を持ち, 交換関係 (6-14′) によって『量子化した波動場 \(\hat{\varPsi}\)』が, ハミルトニアン (6-16) を持つボソン系と同等である」ことを知りました.事実, \(\hat{\varPsi}\) を \(q\) -数と考えたとき, \(A_n\) を式 (6-2′) で定義したものとすると,

\begin{equation}
N_n=A_n^{\dagger}A_n\quad\rightarrow\quad \hat{N}_n=\hat{A}_n^{\dagger}\hat{A}_n
\tag{6-18}
\end{equation}

で定義される \(q\) -数の固有値は
\begin{equation}
\text{eigenvalues of}\ N_n =0,1,2,3,\dotsb
\tag{6-18′}
\end{equation}

となることが分かり, ハッキリと場の粒子性が見られる.更に「 \(e\psi^{*}\psi\) が空間内に実在する電気密度だ」とするシュレディンガーの考えを採用して,
\begin{equation}
\rho(\mb{x})=e\,\hat{\varPsi}^{\dagger}(\mb{x})\,\hat{\varPsi}(\mb{x})
\tag{6-19}
\end{equation}

によって「電気密度」というオブザーバブルを定義する (これまでの話では \(-e\) を電子の電荷としたが, 今日は正負に拘らず粒子の電荷を \(e\) と書くことにします) と, 任意の体積 \(V\) についてとった積分
\begin{equation}
\rho_V=\int_V \rho(\mb{x})\,d\mb{x}
\tag{6-19′}
\end{equation}

の固有値が \(0,e,2e,3e,\dotsb\) であることが分かる.このことは, 我々の力学系が電荷 \(e\) を持った粒子の集まりの性質を持つことを示している.このとき注意すべきことは, シュレディンガーの \(e\psi^{*}\psi\) が時間と共にぼやけていってしまったことに対応して, 我々の場合も \(e\hat{\varPsi}^{\dagger}\hat{\varPsi}\) の「期待値」は時間と共にぼやけ, その結果「\(\rho_V\) の期待値」は整数値でない値をも取りながら, だんだんゼロに近づいて行く.しかし「\(\rho_V\) の固有値」の方はゼロまたは正の整数以外の値は決して取りません.そういう訳で, 期待値はぼやけていっても, 電荷の粒子性は常に保持され続けているのです.

References

References
1 変換理論 (transformation theory) という術語は, ディラックが 1927 年頃からの量子論の初期の定式化に於いて用いた「手続き」(procedure) 及び「描像」(picture) を指す用語である.量子力学系の状態は無限次元のベクトル空間のベクトルとして記述される.行列力学と波動力学はディラックの変換理論によって統一され, より一般的な量子力学の理論枠に発展的に吸収されていった (Wiki及び並木による).要するに, ディラック:「量子力学」の第1章から第5章までのブラとケットによる量子論の記述が「変換理論」であろう.
2 波動関数として\(\psi(\mathbf{x},t)=e^{-i\omega t}\phi(\mathbf{x})\) としたとき, その複素共役は \(\psi^{*}(\mathbf{x},t)=e^{+i\omega t}\phi^{*}(\mathbf{x})\) となるので, \(\langle H\rangle\) 内では必ず時間部分は互いに消去し合ってしまうからである:
\begin{align*}
\langle H \rangle &\equiv \int \psi^{*}(\mb{x},t)H(\mb{x},\mb{p})\psi(\mb{x},t)\,dv
=\int e^{+i\omega t}\phi^{*}(\mathbf{x}) H(\mathbf{x},\mathbf{p})e^{-i\omega t}\phi(\mathbf{x})\,dv\\
&=\int \phi^{*}(\mathbf{x}) H(\mathbf{x},\mathbf{p})\phi(\mathbf{x})\,dv
\end{align*}
3 アンサンブル(ensemble):統計平均を表わすために導入された集団で, 同一条件を満たし同一の相互作用をしている系の集まりのこと.
4 \(q\) -数とは quantum number の略で, 物理量を表わす演算子を指す.一般には交換則を満たさない.それに対して, 普通の数は \(c\) -数 (common number の略) と呼ばれる.
5 量 \(N_n\) とは,「 \(N\) 個の系を用意し それらの系に対し観測量 \(G\) を測定したとき, 値 \(g_n\) を与える “系の個数” の期待値」であった.
6 ディラックは「実数部分及び虚数部分に分けられる複素量には「共役複素」という言葉を用い, そういう分け方の出来ないブラベクトルやケットベクトルに対しては「共役虚」という言葉を用いたのであった.
7 ハミルトニアンと交換可能な量は「運動の定数」になるのであった.