「スピンはめぐる」第2量子化の要約

「スピンはめぐる」表紙

多数の同種粒子から成る系を扱う場合, その系の状態を表わすのに “色々な一粒子状態を占めている粒子の数 ” で表現する「数量表示」を用い, その粒子数の変化は “消滅演算子” や “生成演算子” で表現するやり方がある.また, 多粒子系を三次元空間の中で起こる量子化された波として扱う「場の量子論」では,「第2量子化」が行われる.この「第2量子化」という概念がちょっと分かりづらく感じた.色々と書物を探していたら, 朝永著「スピンはめぐる」の第 6 話に分かり易い説明があるのを見つけたので, その部分を要約し(単に要点を順に抜き出しただけ), また式を表にまとめておく.

粒子1個から成る系について

(1) 1個の粒子に対するSchrödinger方程式は,

(6-1){H(x,p)it}ψ(x,t)=0,H(x,p)=p22m+V(x),p=i

(2) ψ(x,t) をオブザーバブル G の固有関数 ϕn で展開する:
(6-2)ψ(x,t)=nan(t)ϕn(x)

このとき ψ は c-数である.G の測定で gn が得られる確率は,
(6-3)Pn=|an(t)|2

エネルギーの期待値 H は,
Hψ(x,t)H(x,p)ψ(x,t)dv(6-5)=n,nanHn,nan(6-4)whereHn,n=ϕnH(x,p)ϕn(x)dv

(3) 展開係数 an(t) について
(6-6)dan(t)dt=1inHn,nan(t)(6-7)dan(t)dt=1iHan,dan(t)dt=1iHan

(4) 展開係数 an に共役な運動量として πn=ian とすると, anπn の正準方程式が得られる:
(6-10)dandt=Hπn,dπndt=Han(6-9)whereH=1in,nπnHn,nan

粒子1個の力学系 N 個の「アンサンブル」について

(1) オブザーバブル G の測定で値 gn が得られる系の個数の期待値は, PnN 倍である:

(6-3′)Nn=NPn=N|an|2

ここで an,πn の代わりに 次の An,Πn を考える:
(6-11, 6-3”)AnNan,AnNan,ΠniAn,where Nn=AnAn

すると, 正準方程式は次に書ける:
(6-10′)dAndt=HΠn,dΠndt=HAn,(6-9′)whereH=1in,nΠnHn,nAn,(6-12′)n|An|2=N

(2) ディラックは「AnΠn を量子力学的な q-数 (即ち物理量を表す演算子) と考え直した!」.即ち, 次式によって量子化した [ 第2量子化 ] :
(6-14)AnΠnΠnAn=iδn,n,[An,An]=[Πn,Πn]=0

(3) しかし,「粒子 N 個集めた仮想アンサンブル」の結論は,「相互作用の無い粒子 N 個の力学系という実アンサンブル(多粒子系)」に適用できる!.そのときの Nn はオブザーバブルと考えられるから, Nnq-数すなわち物理量と考えてよい.すると 展開係数である An とその共役運動量 Πn もオブザーバブルと考えてよい.

A. 「配位空間中の波動関数 ψ 」で, ボソン N 個の系を考えた場合

(4) 「相互作用の無い粒子 N 個の力学系(多粒子系)」に対する 3N次元配位空間中の波動関数 ψ のシュレディンガー方程式は,

(6-15)itψ(x1,x2,,xn)=Hψ(x1,x2,,xn),(6-16)whereH=ν=1NH(xν,pν)=H(x1,p1)+H(x2,p2)++H(xN,pN)

であるが, 系は「粒子の交換について対称的」とするならば, このハミルトニアン H は式(6-9′)の H に一致する.ただし,式(6-9′) H を考えるときの確率振幅は An の関数, または Nn の関数と考える:
(6-17)ψ(A1,A2,,An),or,ψ(N1,N2,,Nn)

B. 「3次元実空間中の波動場 Ψ 」で, ボソン N 個の系を考えた場合

(5) ハミルトニアン (6-9′), 運動方程式 (6-10′), 交換関係 (6-14), AnN の関係 (6-12′) を次のように変形する:

  1. q-数の波動関数 Ψ(x) とそれに共役な運動量 Π(x) を定義する:
    (6-2′)Ψ(x)=nAnϕn(x),Π(x)=nπnϕn(x)

    この Ψ(x) は『3次元実空間の波動場』と見做すことが出来る」.
  2. Ψ(x)Π(x) の交換関係を課す.
    Ψ(x)Π(x)Π(x)Ψ(x)=iδ(xx),(6-14′)[Ψ(x),Ψ(x)]=[Π(x),Π(x)]=0,
  3. この波動場 Ψ(x) に対する運動方程式:
    (6-1′)itΨ(x,t)=H(x,p)Ψ(x,t),(6-8″)Π(x)=iΨ(x),
  4. ハミルトニアン:
    H=1iΠ(x)H(x,p)Ψ(x)d3x(6-5′)=Ψ(x)H(x,p)Ψ(x)d3x
  5. (6-12′) の関係は次となる:
    (6-12″)N=Ψ(x,t)Ψ(x,t)d3x
粒子1個の系 多粒子系 (粒子 N 個の系) 】
(1) Schrödinger方程式
(6-1)itψ(x,t)=H(x,p)ψ(x,t)
(1) Schrödinger方程式
(6-1′)itΨ(x,t)=H(x,p)Ψ(x,t)
(2) オブザーバブル G の固有値 gn の固有関数 ϕn による展開
(6-2)ψ(x,t)=nan(t)ϕn(x)
ψ はc-数.固有値gn が得られる確率は (6-3)Pn(t)=|an(t)|2
(6-12)n|an(t)|2=ψ(x,t)ψ(x,t)d3x=1
(2) オブザーバブル G の固有値 gn の固有関数 ϕn による展開
(6-2′)Ψ(x,t)=nAn(t)ϕn(x),Π(x,t)=nΠn(t)ϕ(x)(6-11,6-8′)AnNan,AnNan,ΠniAn

固有値が gn である系の個数の期待値は,
(6-3′,6-3”)NnNPn=N|an|2=AnAn
(6-12′)n|An|2=N
(3) エネルギーの期待値 H
E=H=ψ(x,t)H(x,p)ψ(x,t)d3x(6-5)=n,nanHn,nan(6-4)whereHn,n=ϕn(x)H(x,p)ϕn(x)d3x
(3) エネルギーの期待値 H
(6-5′)H=Ψ(x)H(x,p)Ψ(x)d3x
(4) 展開係数 an(t)πn=ian についての正準方程式
(6-10)dan(t)dt=Hπn,dπn(t)dt=Han(6-9)H=1in,nπnHn,nan
(4) 展開係数 An(t)Πn=iAn についての正準方程式
(6-10′)dAn(t)dt=HΠn,dΠn(t)dt=HAn(6-9′)H=1in,nΠnHn,nAn

多粒子系に於いて粒子間の相互作用が無視される場合

(1) 多粒子系の式 (6-1′)は1個の粒子に対する式 (6-1) と同じ形をしており, またハミルトニアン (6-5′) も粒子1個のエネルギー期待値 (6-5) と同じ形をしている.しかし, 形は同じでも ψ は1個の粒子の確率振幅で c-数であるが, Ψ は波動場を記述する q-数であって, 概念的に全く別物であることを忘れてはならない. また, 方程式の形が一致するのは「粒子間の相互作用が無視されたときに限られる」.相互作用があると ψΨ とは, それの満たす方程式は本質的に異なった数学的性質を持つことになる.
(2) 式 (6-14′) は ボソンの個数 N を全く含んでいないので, これらの関係式は「ボソン任意個から成る力学系」についての基礎的関係と考えてよい.
このようにして「波動関数 Ψ(x) は, 配位空間中の波動 ψ と異なって, 粒子の個数に無関係な, 常に3次元実空間 x の点の関数すなわち波動場である.」 従って,「q-数と見做した波動関数 Ψ は, 我々の住んでいる3次元空間に実在する波動場と考える」ことが出来る.
そして「波動場の運動方程式」(6-1′) と「配位空間の波動関数の運動方程式」(6-15) とは同等であると見倣せる!.
(6) 空間内に実在する電気密度 ρ はオブザーバブルであり, 次式で表される:

(6-19)ρ(x)=eΨ(x)Ψ(x)

配位空間での波動関数 Ψ 3次元空間での波動場 Ψ
(1) Schrödinger方程式
(6-15)itΨ(x1,x2,,xn)=HΨ(x1,x2,,xn)whereH=ν=1NH(xν,pν)(6-16)=H(x1,p1)+H(x2,p2)++H(xn,pn)
(1) Schrödinger方程式
(6-1′)itΨ(x,t)=HΨ(x,t)(6-5′)whereH=Ψ(x)H(x,p)Ψ(x)d3x
(2) 展開係数 An の量子化 (第2量子化)
AnΠnΠnAn=iδnn,(6-14)[An,An]=[Πn,Πn]=0
(2) 波動場 Ψ の量子化
(6-2′)Ψ(x)=nAnϕn(x),Π(x)=nπnϕn(x)(6-8”)Π(x)iΨ(x)Ψ(x)Π(x)Π(x)Ψ(x)=iδ(xx),(6-14′)[Ψ(x),Ψ(x)]=[Π(x),Π(x)]=0

相互作用しているボソン粒子の「実アンサンブル」の場合

(1) 「相互作用している粒子」がボソンであると,「3次元空間に実在する波動場 Ψ(x)」による記述が可能である.
(2) 多粒子系の場の方程式 (6-1′) に於けるハミルトニアンは,

(6-20)H(x,p)=p22m+V(x)

もし粒子間に相互作用, 例えばクーロン斥力が存在するならば, V(x) のところに,「波動場自身の電気密度 eΨΨ によって生じるポテンシャルエネルギー Vwave」を付け加える必要がある:
(6-21)Vwave(x)=e4πε0eΨ(x)Ψ(x)|xx|d3x

すなわちハミルトニアンは,
(6-20′)H(x,p)=p22m+V(x)+Vwave(x)

(3) 場の方程式は式 (6-1′)の代わりに, 次を用いる:
(6-22)itΨ(x,t)={p22m+V(x)+e4πε0eΨ(x)Ψ(x)|xx|d3x}Ψ(x,t)

(4) この場の方程式 (6-22) は Ψ について線形でないので, 確率振幅は重ね合わせの原理を満たさない.これは絶対にψ の方程式とは考えられない性質の式である.もし Ψ を量子化しないならば, 式 (6-22)は「古典的なマックスウェル方程式に相当するもの」である!
(5) この理論は, 次のハミルトニアンを持ったボソン系の量子論とあらゆる点で一致した答えを持つことになった:
(6-23)H=ν=1N{p22m+V(x)}+ν>νN14πε0e2|xνxν|

ただしν>ν の項の中に ν=ν の項は含まれないことに注意する.
(6) 結局,「量子化すべき方程式は場の方程式であって, 確率振幅の式ではない!」.従って, 確率振幅の方程式が分からなくても, 場の方程式が分かっているならば, それを量子化すればよい.
(7) ハイゼンベルグとパウリは, 電磁場だけでなく, 電子それ自身も量子化された場と考えて, それらの相互作用を論じた.そのとき,ディラック方程式を電子の確率振幅に対する方程式とは考えずに, 電子場に対する相対論的な『場の方程式』と見做した
(8) すると「確率振幅の式としては不適切だ」とディラックによって拒否されたクライン-ゴルドン方程式も一つの可能な相対論的な場の方程式として採用してもよいことになった.