量子力学的なゲージ変換

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R.Feynman:「Quantum Electrodynamics」の p.6 に次のような記述がある:

量子力学的なゲージ変換は古典的なゲージ変換を単純に拡張したものである [1]ファインマン原書のこの章にはだいぶ間違った式が見受けられる.ここの E の式も原書では … Continue reading : もし,

E=ϕ1cAt,B=×A

そしてχ を任意のスカラーとするならば, 次式を代入しても EB は不変である:
A=A+χ,ϕ=ϕ+χt

量子力学では, さらに次のような波動関数の変換が導入される:
ψ=eiχψ

このことを理解するために, I.J.R.エイチスン, A.J.G.ヘイ:「ゲージ理論入門」第2章の文章を補足や省略をして示しておこう.

2.3 Maxwell方程式とゲージ不変性

古典電磁気学のゲージ不変性の出発点は,与えられた物理的な場 E 及び B に対してポテンシャル Aϕ が唯一に決まらないという事実にある.E,ϕ 従って Maxwell 方程式を変えないで A,ϕ を変える変換を「ゲージ変換」と呼び, これに関連した Maxwell 方程式の不変性を「ゲージ不変性」という.

ではそれはどんな変換であろうか.明らかに任意関数 χ を用いて A を,

(2.11)AA=A+χ

のように変更しても curl grad=×0 であるから B には何の変化も生じない:
B=×A=×(A+χ)=×A+×χ=×A=B

E を元のようにしておくためには ϕ が同時に,
(2.12)ϕϕ=ϕ1cχt

のように変わらなければならない.なぜなら χt=χt に注意すれば,
E=ϕ1cAt=(ϕ1cχt)1ct(A+χ)=ϕ+1cχt1cAt1ctχ=ϕ1cAt=E

変換 (2.11), (2.12) は, 4元ベクトルポテンシャル Aμ と 4元共変微分 μ を導入すれば一つの簡潔な方程式に書ける.
(2.13)Aμ=(ϕ,A),μ=(1ct,),Aμ=(ϕ,A),μ=(1ct,)

即ち, ゲージ変換 は次で表される:
(2.14)A0=ϕ=ϕ1ctχA=A+χ }{Aμ=Aμμχ,orAμ=Aμμχ

Maxwell 方程式も 4元電流
(2.15)jμ=(cρ,j)

を用いて相対論的不変性をあらわにした形に書くことが出来る.4元電流により「連続の方程式」は次となる:
(2.16)μjμ=0j0+j=1ctcρ+j=ρt+divj=0,μjμ=0

最も重要な第4の方程式 (2.8) は, この連続の方程式で表現される局所的電荷保存の要求から Maxwell によって推論された.Maxwell 方程式 (2.1) と (2.8) は次となる:
(2.17)E=4πρ(2.1),×B=4πcj+1cEt(2.8),μFμν=4πcjν

ただし「電磁場テンソル」Fμν は次で定義される [2]F.Mandl, G.Shaw : Quantum Field Theory, の § 5.1 に於ける場 … Continue reading
(2.18)FμνμAννAμ,Fμν(x)=(0ExEyEzEx0BzByEyBz0BxEzByBx0)

μν=νμ であることから, このFμν がゲージ変換
(2.14′)Aμ Aμ=Aμμχ

の下で不変なことは明らかである:
Fμν=μ(Aννχ)ν(Aμμχ)=μAνμνχνAμ+νμχ=μAννAμ=Fμν
従って, この形の Maxwell 方程式はあらわにゲージ不変である.

Aμ の満たす ”相対論的に共変な場の方程式” は, 式 (2.17) と式 (2.18) から導かれ次となる:

μFμν=μ(μAννAμ)=μμAνμνAμ=Aνν(μAμ)=4πcjν(2.19)Aνν(μAμ)=4πcjν

以下略す.

量子力学に於けるゲージ不変性

電場磁場の影響を受けて速度 v で運動する電荷 q を持つ非相対論的粒子に働く Lorentz 力の法則は次である:

(2.20)F=qE+qcv×B

この力は Hamilton 方程式によって, 次の古典的ハミルトニアンから導かれる:
(2.21)H=12m(pqcA)2+qϕ

電磁場中に在る粒子に対するシュレディンガー方程式は次である:
(2.22){12m(iqcA)2+qϕ(x)}ψ(x,t)=itψ(x,t)

従って, 自由な(電磁場のない)粒子のシュレディンガー方程式から電磁場中を運動する粒子に移行する場合は, 演算子 , /t の代わりに次の演算子の組み合わせが現れることに注意せよ:
(2.23)D0t+iqϕ,DiqcA

シュレディンガー方程式 (2.22) の解 ψ(x,t) は, ポテンシャル ϕ,A の影響の下に運動する粒子の状態を完全に記述する.しかし, すでに見たように これらのポテンシャルはただの一つには決まらない.次のゲージ変換,
(2.14)ϕ=ϕ1cχt,A=A+χ,AμAμ=Aμμχ

でポテンシャルを変えても場 E,B に対する Maxwell 方程式は変わらない.それでは, シュレディンガー方程式 (2.22) の中でこのような変更を行うと, その後の方程式
(2.22a){12m(iqcA)2+qϕ(x)}ψ(x,t)=itψ(x,t)

の解 ψ(x,t) は, 解 ψ(x,t) と同じ物理を記述するのであろうか.もしそうなら Maxwell 理論が量子の世界でも成り立つと考えることが出来るであろうし, そうでないなら Maxwell 方程式の持つ「ゲージ対称性」が量子論では成り立たないことになるから, 何らの修正が必要であろう.

方程式 (2.22a) が方程式 (2.22) と両立するには ψ が次の形であればよい:

(2.24)ψ(x,t)=exp(iqcχ(x,t))ψ(x,t)

これを証明するために次の量を計算する:
Dψ=Dexp(iqcχ)ψ=(iqcA)ψ={iqc(A+χ)}exp(iqcχ)ψ=(iqcχ)exp(iqcχ)ψ+exp(iqcχ)(ψ)+exp(iqcχ)(iqcAψ)iqc(χ)exp(iqcχ)ψ=exp(iqcχ)(iqcA)ψ=exp(iqcχ)Dψ,(2.25)Dψ=Dexp(iqcχ)ψ=exp(iqcχ)DψoriDψ=exp(iqcχ)(iqcA)ψ

このように 時空間に依存する位相因子 exp(iqχ/c) は, 微分演算子 の作用を受けるけれども,「複合演算子 D は位相因子をやり過ごして D に変化する」と見做せる:
(2.26)Dexp(iqcχ)ψ=exp(iqcχ)Dψ

同様にして D0についても同様なことが言える:
(2.27)iD0ψ=iexp(iqcχ)(t+iqϕ)ψD0exp(iqcχ)ψ=exp(iqcχ)D0ψ

以上の関係式 (2.26) と式 (2.27) を用いると,
iD0ψ=exp(iqcχ)(iD0)ψ,12m(iD)2ψ=(i)22mD2ψ=22mD(Dψ)=22mDexp(iqcχ)Dψ=22mexp(iqcχ)DDψ=exp(iqcχ)12m(iD)2ψ,
従って,
iD0ψ=12m(iD)2ψexp(iqcχ)(iD0)ψ=exp(iqcχ)12m(iD)2ψ

両辺を位相因子 exp(iqχ/c) で割り算すれば,
iD0ψ=12m(iD)2ψiD0ψ=12m(iD)2ψ

よって,「ψψ の関係式 (2.24) は, ゲージ変換を受けたシュレディンガー方程式 (2.22a) と受ける前のシュレディンガー方程式 (2.22) とが両立する関係である」ことが示された.

ψψ は同じ物理を記述するであろうか?.答えは然りであるが決して自明ではない.確率振幅密度 |ψ|2|ψ|2 は明らかに等しい.事実, 方程式 (2.24) によって ψψ は「位相変換」で結ばれているからである.しかし, 我々は微分演算子 /t を含む他の可測量(オブザーバブル), 例えば j=e{ψ(ψ)(ψ)ψ} で表される電流密度にも関心がある.この電流密度の式は, 変換式 (2.24) の下で不変ではないことは容易に検算できる.位相 χ(x,t)x に依存するからである.しかし式 (2.26) と式 (2.27) は, ゲージ不変な電流を作るのにどうすればよいかを教えてくれる.即ち D で, そして一般には /tD0 で置き換えればよい.そうすれば,

(2.29)ψ(Dψ)=ψexp(iqcχ)exp(iqcχ)Dψ=ψDψ

となるからである.従って ψψ の記述する物理は同じであることが保証される.

この処方は相対論でも成り立つ.そしてゲージ変換式 (2.23) は次の「共変微分」にまとめて書き表される:

(2.31)Dμμ+iqcAμiDμ=iμqcAμ

これによって, 式 (2.26) と式 (2.27) は次にまとめられる:
(2.32)Dμexp(iqcχ)ψ=exp(iqcχ)DμψiDμexp(iqcχ)ψ=exp(iqcχ)(iDμψ)

従って,「演算子 μ を含むどんな波動方程式も μ を共変微分 Dμ で置き換えたとき, 次の「ゲージ変換」
(2.33)AμAμ=Aμμχ,ψψ=exp(iqcχ)ψ

によって “ゲージ不変” にすることが出来る
」.
そして「電磁場が存在するときの粒子の波動方程式は, 対応する自由粒子の波動方程式に於いて μ を共変微分 Dμ での置き換え
(2.34)μDμ=μ+iqcAμ

をすれば得ることが出来る
」と言える.これが謂わゆる「ゲージ原理」の基礎になっている.つまり相互作用の形が, 局所ゲージ不変性に固執することによって決まってしまうのである.

References

References
1 ファインマン原書のこの章にはだいぶ間違った式が見受けられる.ここの E の式も原書では E=ϕ+ϕt となっており, 明らかに誤植である.ϕψ の式も問題がありそうである.ここでは E の式だけを修正して示しておく. 
2 F.Mandl, G.Shaw : Quantum Field Theory, の § 5.1 に於ける場 Fμνの表記は次となっている:
(5.5)Fμν=νAμμAν

つまり, 通常の電磁気学や相対論の教科書とは符号が逆になっているので注意が必要である!.