Feynman QED Sixth Lecture

Sixth Lecture

放射の平衡(Equilibrium of Radiation)

系が平衡状態にある場合, 2つの状態, 例えば l 状態と k 状態に於ける 1 立方センチメートル当りの相対原子数は, 統計力学によれば, エネルギーが ω だけ違うとき次で与えられる:

(1.6.1)NlNk=e(ElEk)/kT=eω/kT

系は平衡にあるので, 光子 ω の吸収によって単位時間当たり状態 k から状態 l に向かう原子の数は, 放射によって l から k に向かう数と等しくなければならない.周波数 ω の光子が 1 立方センチメートルあたり nω 個存在する場合, 吸収の確率は nω に比例し, 放射の確率は nω+1 に比例する.従って,
(1.6.2)Nknω=Nl(nω+1)

または,
(1.6.3)nω+1nω=NkNl=eω/kT,nω=1eω/kT1

これはプランクの黒体放射分布則である.

光の散乱(The Scattering of Light)

ここでは, 入射した光子が原子によって新しい方向に(そしてたぶん新しいエネルギーで) 散乱される事象について述べる(図1.6 参照).これは原子による入射光子の吸収と新しい光子の放射と考えることが出来る.この事象に関与する 2 つの光子はベクトルポテンシャルで表わされる.第3講で A=aeexp{i(ωtKx)} そして a=2πc2/ω であった.そこで入射光子をA1とし, 放射光子をA2として次とする:

(1.6.4)A1=A1(abs)=c2πω1e1ei(ω1tKx),A2=A2(emis)=c2πω2e2e+i(ω2tKx)

決定すべき数値は, 最初に状態 k にある原子が時間 T の間に摂動 A=A1+A2 の作用によって状態 l のままとなる確率である.この確率は, 他の遷移確率と同様に Alk を用いて計算することが出来る [1]ファインマン経路積分の § 6-5 より, 遷移振幅 λmn は次の式 (6-69), 式 (6-72), 式 (6-74) … Continue reading

fig. 6-1

図 6-1

ただし遷移振幅 Alk は,

Alk=δlkexp{iElT}i0Tdt3exp{iEl(Tt3)}Ulk(t3)exp{iEkt3}(1.6.5)+(i)2n0Tdt40t4dt3exp{iEl(Tt4)}Uln(t4)exp{iEn(t4t3)}Unk(t3)exp{iEkt3}

または,
(1.6.5′)Alk=eiElT/{ck(0)+cl(1)(T)+cl(2)(T)},ck(0)=δlk,cl(1)(T)=i0Tdt3Ulk(t3)ei(ElEk)t3/,cl(2)(T)=(i)2n0Tdt40t4Uln(t4)ei(ElEn)t4/Unk(t3)ei(EnEk)t3/
双極子近似が採用され, そして
(1.6.6)ΔH=eiωtU=emcAp+e22mc2AA

ただしスピンは無視している [2]スピンを無視するので, 第3講の式 (3.11) の第 3 項は含めない.そのときの摂動 Uは 次となる: \begin{equation*} \Delta H … Continue reading
Alk を定義する各積分に於いて, 2つのベクトルポテンシャルの各々が出現するのは一度だけでなければならない.従って, 最初の積分では U の項 pAUlk には現れない.そして積 AA=(A1+A2)(A1+A2) はその交差項 2A1A2 のみが寄与する[3]入射光子の吸収と光子の放射が起こらねばならないので, 遷移振幅を表す項には入射光子を表わす A1 と放射光子を表わす A2 が 1 … Continue reading
2番目の積分は AA からの寄与は無く, そして 2 項の和となる.第 1 項は A2p に基づく UlnA1p に基づく Unk を含んでいる.第 2 項は A1p に基づく UlnA2p に基づく Unk を持つ.時間系列はこれらの 2 項に帰着するが, それは模式的に図 6-2 のように表すことが出来る.

fig. 6-2

図 6-2

さて次は, 第 1 項から得られる積分について詳しく説明しよう.

(1.6.7)(A1p)nk=c2πω1(pe1)nkeiω1t,(A2p)ln=c2πω2(pe2)lneiω2t

その結果, 積分は
(i)2n0Tdt40t4dt3exp{iEl(Tt4)}Uln(t4)exp{iEn(t4t3)}Unk(t3)exp{iEkt3}=(i)2n0Tdt40t4dt3exp{iEl(Tt4)}(emcc2πω2(pe2)lneiω2t4)×exp{iEn(t4t3)}(emcc2πω1(pe1)nkeiω1t3)exp(iEkt3)
従って,
(i)2(emc)2n2πc2ω1ω2(pe2)ln(pe1)nk(1.6.8)×0Tdt40t4dt3exp[iEl(Tt4)+iω2t4]exp[iEn(t4t3)iω1t3]exp[iEkt3]

すなわち,
(1.6.8′)e2m2n2πω1ω2(pe2)ln(pe1)nkeiElT/0Tdt4ei(ElEn+ω2)t4/0t4dt3ei(EnEkω1)t3/

この積分は, 以前に検討した遷移確率での積分と同様であるから,
e2m2n2πω1ω2(pe2)ln(pe1)nkeiElT/0Tdt4ei(ElEn+ω2)t4/1ei(EnEkω1)t4/EnEkω1e2m2n2πω1ω2(pe2)ln(pe1)nkeiElT/1EnEkω10Tdt4ei(El+ω2Ekω1)t4/
従って, 和は次のようになる:
(1.6.9)e2m2n2πω1ω2(pe2)ln(pe1)nkeiϕ1EnEkω11eiΔT/Δ

ただし Δ=(El+ω2Ekω1) であり, また位相角 ϕn に依存しない.(Enω1Ek)(El+ω2En) で与えられる分母を持つ項は無視される.なぜなら前の第 4 講の式 (4.6) の結果から, 重要なのは El+ω2Ek+ω1 となるエネルギーだけだからである.最終結果は次のように書くことが出来る:
(1.6.10)Trans.prob./sec=2π|M|2ω22dΩ2(2πc)3=dσc

ただし |M|ω2 で積分し e2 について平均化することにより Alk から決定される.すると断面積 dσ の完全な表現式は次となる: [4]この式 (1.6.11) は「Kramers-Heisenberg 公式」と呼ばれ, J.J.Sakurai:「Advanced Quantum Mechanics」§ 2.5 の式 (2.162) に等価である.従って, 式の係数は Gauss … Continue reading
(1.6.11)dσ=e4m2c4ω2ω1dΩ2|1mn{(pe2)ln(pe1)nkEk+ω1En+(pe1)ln(pe2)nkEkEnω2}+(e1e2)δlk|2

和中の第 1 項は先に述べた「第 1 項」に由来し, 第 2 項は「第 2 項」に由来する.絶対値の中の最後の項は, 最初の積分項に於ける AA すなわち cl(1)(T) に於いて Ulk(t3) が, Ulk(t3)=e22mc2(2A1A2)lk である場合に由来している [5]【 補足 】 … Continue reading
もし lk ならば, 散乱は「非干渉性(incoherent)」であり, その結果は「Raman効果」と呼ばれる.もし l=k ならば, 散乱はコヒーレント(干渉性)である.
更に, 全ての原子が基底状態にあり lk である場合, 原子のエネルギーは増加する一方であり, 光の周波数 ω は減少する一方であることに注意すべし.これにより「Stokes線」が生じる.逆の効果は「反ストークス線」を生じる.
ω1=ω2 (コヒーレント散乱) だが ω1EkEn にほぼ等しいと仮定しよう.このとき n についての和の中で 1 つの項が非常に大きくなり, 残りの項に対して支配的となる.この結果は「共鳴散乱」と呼ばれる.断面積 σω に対してプロットすると, このような ω の値で σ は鋭い極大値を持つ (図6-3参照).
fig. 6-3 qed

図 6-3

気体の「屈折率」(index of refraction) は散乱公式によって求めることが出来る.他のタイプの散乱と同様に, それは前方方向に散乱された光を考慮することで求めることが出来る.

自己エネルギー(Self-Energy)

量子電気力学で考慮しなければならないもう一つの現象は, 原子が光子を放出し同じ光子を再吸収する可能性である.これは対角要素 Akk に影響を与える.その効果はエネルギー準位のシフトに相当し,次式が成り立つ:

(1.6.12)ΔE=n(pe)kn(pe)nkEkEnωd3K(2π)32πω

ただし e は偏極方向である.この積分は発散する.より厳密な相対論的計算でも, 得られる積分は発散する.それは電磁気効果に関する我々の定式化が, 実際には完全に満足できる理論ではないことを意味している.自己エネルギーが無限大であるというこの難点を回避するために必要な修正については後述する.正味の結果はエネルギー準位の位置の非常に小さなシフト ΔE である.このシフトは Lamb と Retherford によって観測された.

References

References
1 ファインマン経路積分の § 6-5 より, 遷移振幅 λmn は次の式 (6-69), 式 (6-72), 式 (6-74) などで表すことが出来た:
(6-69)λmn=δmneiEn(t2t1)/+λmn (1)+λmn (2)+,(6-72)λmn (1)=ieiEmt2/e+iEnt1/t1t2dt3Vmn(t3)ei(EmEn)t3/,(6-74)λmn (2)=12t1t2dt4t1t4dt3keiEm(t2t4)/Vmk(t4)eiEk(t4t3)/Vkn(t3)eiEn(t3t1)/,
以上の式で nk,ml,kn,V=Uとし, 時間を t1=0,t2=T としたものが式 (1.6.5)である.
2 スピンを無視するので, 第3講の式 (3.11) の第 3 項は含めない.そのときの摂動 Uは 次となる:
ΔH=e2mc(pA+Ap)+e22mc2AA

ただし pA のような形で現れる演算子 p はその右側の全てに作用する微分演算子であるが,「横波条件」 A=0 を想定するので pAAp に置き換えることが許される.従って,
ΔH=eiωtU=e2mc(Ap+Ap)+e22mc2AA=emcAp+e22mc2AA
3 入射光子の吸収と光子の放射が起こらねばならないので, 遷移振幅を表す項には入射光子を表わす A1 と放射光子を表わす A2 が 1 個ずつ因子となっているべきである.式 (1.6.6) の第 1 項では
emcAp=emc(A1+A2)p=emcA1p+emcA2p

となるので, 各項に A1A2 ともに現れることはない.しかし第 2 項では,
+e22mcAA=e22mc(A1+A2)(A1+A2)=e22mc(A1A1+A2A2+2A1A2)

となるので, この第 3 項目の交差項 2A1A2 では A1A2 が 1 個ずつ因子として含まれる.
4 この式 (1.6.11) は「Kramers-Heisenberg 公式」と呼ばれ, J.J.Sakurai:「Advanced Quantum Mechanics」§ 2.5 の式 (2.162) に等価である.従って, 式の係数は Gauss 有理化単位系に於ける「古典電子半径r0 の 2 乗である:
r02=e4m2c4,r0=e2mc2=e2cmc=αmc1137mc2.82×1013 cm
5 【 補足 】 cl(1)(T)を具体的に計算してみる:
cl(1)(T)=i0Tdt3Ulk(t3)ei(ElEk)t3/,Ulk(t3)=e22mc2ϕl(x)2A1A2ϕk(x)dx

まず行列要素 Ulk(t3) を計算する.式 (1.6.4) から,
Ulk(t3)=e2mc2ϕl(x)2πc2ω1e1ei(ω1t3Kx)2πc2ω2e2ei(ω2t3Kx)ϕk(x)d3x=e2m2πω1ω2(e1e2)ei(ω2ω1)t3ϕl(x)ϕk(x)d3x=e2m2πω1ω2(e1e2)ei(ω2ω1)t3δlk
従って cl(1)(T) は,
cl(1)(T)=i0Tdt3e2m2πω1ω2(e1e2)ei(ω2ω1)t3δlkei(ElEk)t3/=e2m2πω1ω2(e1e2)δlk(i0Tdt3ei(ω2ω1)t3)=e2m2πω1ω2(e1e2)δlk1ei(ω2ω1)Tω2ω1
すると |cl(1)|2 は,
|cl(1)(T)|2=e4m2(2π)2ω1ω2|(e1e2)δlk|2sin2(ω2ω1)T/2(ω2ω1)2=e4m2(2π)2ω1ω2|(e1e2)δlk|2πTδ{12(ω2ω1)}=Te4m2(2π)3ω1ω2|(e1e2)δlk|2δ(ω2ω1)
よって, 単位時間当りの遷移確率は T=1 とし, 式 (1.2.7) から,
PlkdΩ2=|cl(1)(T)|2ω22dΩ(2π)3c3=e4m2(2π)3ω1ω2|(e1e2)δlk|2δ(ω2ω1)ω22dΩ(2π)3c3=e4m2c3ω2ω1|(e1e2)δlk|2δ(ω2ω1)dΩ2=σcdΩ2
よって散乱角 σ で表すならば,
σdΩ2=e4m2c4ω2ω1|(e1e2)δlk|2δ(ω2ω1)dΩ2=e4m2c4|(e1e2)|2dΩ2

ただし公式ではデルタ関数をエネルギー領域で考えているから, デルタ関数 δ(ω2ω1) をエネルギーで表現すると,
δ(ω2ω1)=δ{1(ω2ω1)}=δ(E2E1)

よって,
dσ=e4m2c4ω2ω1dΩ2|(e1e2)δlk|2δ(E2E1)=e4m2c4|(e1e2)|2dΩ2

これが式 (1.6.11) の絶対値中の最後の項に相当するものである.この断面積の式は, 自由電子(非束縛電子) による光の散乱と同じものになり, ω に依存しないことに注意する.この式は, 最初は古典的な手続きに基づいて J.J.Thomson が与えたので,「Thomson散乱」(光子-電子散乱) と呼ばれる散乱の断面積の式となっている.