ファインマンは, 第 9 講 (Ninth Lecture) の最初の問題の直前で次のように書いていた:
次に
と置く.ただし である.そして を代入すると,
左辺第1項との比較から右辺の項を無視すると, 通常のシュレディンガー方程式となる.を摂動ポテンシャル とすることで, 学生諸君は水素原子スペクトルの微細構造を得て, それを正確な数値と比較すべきである.
そこで, シュポルスキー:「原子物理学」§ 204 微細構造の公式 の文章や, シッフ:「量子力学」の文章の抜粋を示すことで, この課題の解答としようと思う.
微細構造の公式
ケプラー問題をディラック方程式を用いて解くと, バルマーのエネルギー準位以外にその補正項が得られる.この補正項は「微細構造の公式」と呼ばれている.この補正項をディラック方程式に依らず, 初等的なやり方で導出してみる.
シュレディンガー方程式によるケプラー問題を解く際に, さらに次の2つの重要な因子を考慮する必要がある:
- 質量の速度に対する相対論的依存性.
- スピンの存在.
これら2つの因子の各々に対して, この問題の古典論的ハミルトニアン関数に於ける付加項が対応する.
- 質量の速度に対する依存性の考慮に関連した付加項の起源は,「電子の相対論的運動は,ケプラー楕円運動
に歳差運動 が付随したものとなる」ことによる:
ただし は静止質量であり, は相対論的歳差運動に対応した付加的なエネルギーである. - スピンと関連した磁気モーメントの存在のために, 電子はその「軌道運動」によって生じている磁場中に在る「磁気双極子」として振る舞う.即ち磁気的相互作用の補足的なエネルギーを持っている.この付加項を「スピン-軌道相互作用」のエネルギー
という.
従って, 全ハミルトニアン関数は次の3項から構成される:
その際に
まず, 相対論的な補正
ただし
さて, 今度は第2の補正, すなわち「スピンと軌道角運動量との間の相互作用による補正」の考察に向かおう.その補正を半古典論的な考察によって求めよう.電子の軌道運動によって作られる磁場中に於ける磁石としての電子が持つ付加的なエネルギーを,「磁場中に置かれた磁気双極子の位置エネルギー
よって電子が存在する場所
ベクトル積
であることを考慮に入れると, 次が得られる:
場
この式は, 同時に電子のラーモア歳差運動の運動エネルギーにも等しくなっている.しかし, 式 (204.6) で表されているエネルギーは「電子の重心」が静止している様な座標系に於けるラーモアの歳差運動に対応していることを念頭に置く必要がある.「核」が静止している様な座標系, あるいはもっと正確に言えば「原子全体の重心」が静止している様な座標系に戻るためには, もう一度ローレンツ変換をする必要がある.最終結果として得られる磁気的相互作用の付加エネルギーは, J.I.フレンケル が示したところによれば, 式 (204.6) の半分に等しい.すなわち,
この付加エネルギーを, ハミルトニアン関数の主要部分
式 (204.7) に含まれている量は
平均は無摂動状態についてとられるのであるから, その計算の実行のためには, ケプラー問題の固有関数を用いる必要がある[2][ブログ註] ケプラー問題は, シュポルスキーの § 184 に解説されている. :
その計算の結果, 次式が得られる:
ただし
さて今度は, 式 (204.8) に含まれているスカラー積
スピン角運動量および軌道角運動量の数値は次に等しい:
記法を簡潔にするために, 今後途中の計算では
すると簡単な運算の後, 次を得るであろう:
今や最後の段階, すなわち軌道角運動量とスピン角運動量との間の角
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図 3-2. 軌道角運動量ベクトル
(a)
角運動量
以上のことを考慮に入れつつ, 今や我々は容易に
よって,
この結果を式 (204.14) に代入すると,
が得られる.従って「スピン-軌道相互作用」によるスペクトル項の補正は次となる:
従って, 式 (204.16) は次のような2つの値を持つ:
スペクトル項の全補正を求めるには, 式 (204.1) による相対論的補正
に対して( ),
に対して ( ),
これらは
この式から
従って補正は
式 (204.18) から
すると各準位の補正量
の場合 : の場合 :
従って, 2つの分岐量 (補正量の差) は次となる:
[ 参考 ] 上式 (204.1) を示すために, シッフ:「量子力学」§ 51 の文章の抜粋を示す.
電磁ポテンシャル
の形から類推して, 電荷
で置き換える.このときの
ポテンシャル
と置いて式 (51.10) に代入する.左辺だけが変わり
さて次は「
となる.これは球座標を使って変数分離が可能であって次となる(シッフ:「量子力学」§14を見よ):
ここで
さらに水素様原子の場合すなわちクーロン場でのエネルギー準位を考えてみる.ポテンシャルを
式 (16.7) の解き方を調べれば分かることだが,
のときに限られる.ただし
の解のうち負でないものである.この方程式は2つの解
を持ち,
そこで
式 (51.16) と式 (51.20) とは式 (16.15) の非相対論的エネルギー準位に対する「微細構造」を与える.これを調べるには, エネルギー準位を表す式を
ただし, この
第3項は相対論的な補正
References
↑1 | [ブログ註] 「スペクトル項」 原子中のエネルギー準位は負の値となるので, スペクトル項は上の波数 |
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↑2 | [ブログ註] ケプラー問題は, シュポルスキーの § 184 に解説されている. |
↑3 | [ブログ註] 「ゾンマーフェルトの微細構造定数」と呼ばれているこの定数 実際, 結局 |
↑4 | [ブログ註] このような置き換えをして,電磁場との相互作用を導入することを「minimalな電磁相互作用を導入する」という.minimal結合を導入する相対論的な処方は, 例えば Claude Itzykson, Jean-Bernard Zuber, Quantum Field Theory の §2-2-3 を参照すべし. |
↑5 | [ブログ註] 式 (51.12′) を変形すると, ここで 従って, 上式 (1) は ここで となり, これは本文の式 (9-2”) に一致することが分かる. |
↑6 | [ブログ註] シュレディンガー方程式を球座標そして相対座標の表現にすると, 角運動量の量子数 さらに, 無次元の独立変数 すると方程式 (16-6) はディメンションの無い形に書き直される: |