複素積分の公式について


第5章及び第6章の議論を理解するための数学的準備として, 有馬・神部:「複素関数論」の § 9.2 「積分の主値および佐藤の超関数」(p.109 ) からの抜粋を記しておく.


次の実軸上の積分 I の評価を考える.まず x を複素変数 z に置き換えて, 被積分関数を複素平面に解析接続した関数 F(z) を定義する:

(1)I=f(x)xadx,F(z)=f(z)za

ただし, 分子の関数 f(z)z=a のみならず実軸上で正則であるとし, また |z|k|f(z)| は有界であるとする.関数 F(z) は点 a に一位の極を持っている.そこで下図 1. の (a)のような極 a の上方を迂回する実軸に沿う経路と十分大きな半径 R の上半面 Γ 上の閉曲線 C 上の積分を考える. a を迂回する曲線は半径 ε の半円 Γa とする.このとき,「留数の定理」より次が言える:
Cf(z)zadz=Raεf(x)xadx+a+εRf(x)xadx+Γaf(z)zadz+Γf(z)zadz(2)=2πi[C]

複素平面上の閉路図1

図 1. 複素平面上での閉曲線 CC の取り方.

このとき最後の項は R のとき無限小となるので無視できる.また第3項は ε0 のとき za=εeiθ とおくと dz=iεeiθdθ なので次となる:

Γaf(z)zadz=π0f(a+εeiθ)εeiθiεeiθdθ=i0πf(a+εeiθ)dθ(3)ε0 i0πf(a)dθ=if(a)×π=iπf(a)

ここで, 次の量を「コーシーの積分主値 (principal value)」と呼ぶ:
(4)Pf(x)xadxlimε+0[ aεf(x)xadx+a+εf(x)xadx ]

以上のことから, 式(2)は Rε0 の極限で次に書けることが分かる:
(5)Cf(z)zadz=Pf(x)xadxiπf(a)

次に, 点 a の迂回の仕方を変えて上図 1. の (b) のようにしてみる.今度の閉曲線 C についての積分は, 式 (3) に対応する値は iπf(a) になるので次となる:
(6)Cf(z)zadz=Pf(x)xadx+iπf(a)

積分経路の取り方を少し変えて, 実軸から少し上または下にずらしてみる.即ち, 上図 1. の代わりに 下図 2. (a) のように AB の部分は z=x+iε としてみる. ε を十分小さく取り, 実軸と AB の間には f(z) の特異点は含まれないとすれば, 2つの閉曲線 CC1 に関する積分は一致する.従って次の等式が得られる:
(7)limε+0f(x)xa+iεdx=Pf(x)xadxiπf(a)

同様に, 直線部分を下にずらして, 図 (d)のように区間 ABz=xiε として積分しても, CC1 に関する積分は不変であろう.従って, 次に書ける:
(8)limε+0f(x)xaiεdx=Pf(x)xadx+iπf(a)


この式は, 第6章の式 (6-109) を導出する際に利用することが出来る.

複素平面上の閉曲線の取り方2

図 2. 複素平面上での閉曲線 C1C1 の取り方.


上記の積分関係は, 記号的に次のように書かれることがある:
(9)limε+01xa±iε=P1xadxiπδ(xa)

この両辺に f(x) を掛けて, 区間 (,) で積分すれば上の両式が得られるという意味である:
(10)limε+0f(x)xa±iεdx=Pf(x)xadxiπf(a)

式 (9) において a=0 としてから全体に i を掛け合わせ xω と記した場合が, 第5章の式 (5-17) である:

(5-17)limε+0iω+iε=Piωdω+πδ(ω)

上式 (5-17) は「ヘビサイドの単位関数 (Heaviside unit function)」または「単位階段関数(unit step function)」: u(t) のフーリエ変換と見做すことも出来る事に注意するべし:
(11)F[u(t)]=u(t)ejωtdt=0ejωtdt=πδ(ω)+1jω,u(t)={1t>00t<0

その詳しい議論は, 例えば H.P.スウ:「フーリエ解析」の § 5.4 を参照すべし.