ファインマンは第7章の§ 7-3 の処で, 以下のように述べている:
式 (7-45) からは, 更なる結果を導出することが出来る.それは量子力学に於いて重要な「経路の特性」をより良く認識する手助けとなるであろう.次の2つの項を考えよう:
これら2つの項の差は
或いは, これを次のようにも書くことも出来る:
この式から,「速度の 2 乗の遷移要素が
量子力学的経路は非常に不規則なように見える.けれども, 適当な時間間隔で平均をとれば, この不規則性は平均化されて無くなり, 相応な移動 (reasonable drift), すなわち“平均”速度を生ずる.しかし, 短かい時間間隔の場合, 速度のその“平均”値は非常に大きくなってしまうのである!!.
上の文章は,「チッターべべーブング (Zitterbewegung )」と言われる電子の運動を述べたものと思われる.それについては, Dirac が自著の「量子力学」の§ 69 の中で述べているので, その部分を以下に抜粋して示しておこう.
上記の理論によって, ハイゼンベルク描像での自由電子の運動を考察し, そしてハイゼンベルクの運動方程式を研究することは興味深い事柄である.これらの運動方程式は正確に積分することが出来る.それはシュレディンガーによって最初に行われた ( Schrödinger, Sitzungsb. d. Berlin. Akad., 1930, p.418 ).§ 28 の表記では, ハイゼンベルク描像において時間とともに変化する力学変数には添字
が挿入されたが, ここでは表現を簡潔にするためにそれを省略することにする.
ハミルトニアンとしては, 式 (10) のに演算子を作用させたときにゼロとなるような に等しい表現にしなければならない (As Hamiltonian we must take the expression which we get as equal to when we put the operator on in (10) equal to zero).すなわち次とする:
( 参考 ) 相対論における
よって
運動量は
と交換可能であることはすぐ分かる.従って, 運動量は運動の定数である.さらに, 速度の -成分は, ハイゼンベルクの運動方程式を用いて次となる:
この結果はどちらかと言えば意外なものである.なぜなら, 速度と運動量の関係が, 古典力学におけるものとはまったく異なっていることを意味しているからである.しかしながら, それは確率の流れの成分に対する表現と関係しているのである.
( 参考 ) ハイゼンベルクの運動方程式 (5.13) は次である:
正準座標とその正準運動量の交換関係
よって, 次となる:
また, 古典力学における速度
また古典力学における密度
この式とここでの連続の方程式
すなわち,
式 (69.24) で与えられる
は, の固有値が であることから, 固有値として を持つ. と も同様であるから次のように結論することが出来る:「自由電子の速度の成分を測定すると必ず となる」.場が存在するときにも, このことが成り立つことは容易に確かめられる.
( 参考 ) 式 (69.24) の両辺を二乗すると,
これは
実際に電子の速度を観測すると光速よりも遅いので, ここで実験と矛盾する結論を持ったように思える.しかしその矛盾は実在しない.なぜなら, 上記の結論における理論的速度はある瞬間での速度であるのに対して, 観測される速度は常に感知できるほどの時間間隔の間の平均速度であるからである.運動方程式をさらに調べると, 速度は決して一定ではなくて, 観測値と一致する平均値のあたりで急速に振動していることが分かるのである.
相対論的な理論では速度の成分を測定するととならねばならないことは, 単に § 24 の不確定性原理を初等的に適用することで容易に確かめることが出来る.速度を測定するためには僅かに異なる つの時刻での位置を測定し, そのあとその位置変化をその時間間隔で割り算しなければならない.(運動量を測定し公式を当てはめることはうまくいかないであろう.なぜなら速度と運動量間の通常の関係は正しくないからである).我々が測定した速度が瞬間的な速度の近似値となり得るためには, 位置の つの測定間の時間間隔は非常に短いものでなければならない.従ってこれらの測定は非常に正確でなければならない.時間間隔の間の電子位置が非常に正確になると, 不確定性原理によってその運動量はほとんど完全に不確定とならねばならない.これは運動量のほとんど全ての値が同じ確率を持つことを意味する.従って運動量はほとんど確実に無限大である.運動量の成分が無限大の値を持つということは, それに相当する速度成分が値 であることになる.
さて今度は, 電子の速度が時間とともにどのように変化するかを調べることにしよう.について, ハイゼンベルクの運動方程式を考えるならば次が言える:
さて,は 中の 以外の全ての項と反交換するので, と の反交換関係でゼロとならないのは次だけとなる:
従って上の式から次が言える:
またはを代入するならば,
と は一定であるので, 式 (69.25a) の両辺を時間微分すると次が得られる:
このについての微分方程式は, すぐに積分できて結果は次となる:
ただしは定数であり, における の値に等しい.式 (69.26) 中で は の右側に現れているため, 式 (69.27) 中における因子 は,(やはり同じ順となるように)因子 の右側に置かれなければならない.同様にして,式 (69.25b) からは次の結果が得られる:
すると今やに対する運動方程式の積分は容易に達成することが出来る.式 (69.27) の を式 (69.25a) に代入すると,
この両辺に右からを掛け合わせるならば,
従って, 式 (69.24) :の時間積分は,
となる.ここでは積分定数である.
式 (69.28) から, 速度の成分 は2つの部分からなる事が分かる:
即ち, 古典的な相対論の公式における運動量と関係する第 2 項の一定部分と第1項の振動部分,
である.この振動項の振動数はであるが, その最小値は である.(つまり, 自由電子が静止している場合に持つ静止エネルギー の場合の値である).速度を実際に測定するときに観測されるのはこの一定部分であろう.そのような測定では, よりも長い時間間隔における平均速度が与えられる. の瞬間値が固有値 を持つことは, 振動項において確保されている (電子の振動は光速度で行われている) のである. の振動部分は小さなものである.それは, 式 (69.29) の第1項であるが, 式 (69.28) を用いて次に書ける:
この大きさはのオーダーである.なぜなら の大きさのオーダーが であるからである.この小刻みな振動は「ジグザグ運動」(zitterbewegung)と呼ばれる.