「原子からの放射遷移」の議論として, Franz Mandl / Graham Shaw :「Quantum Field Theory」 § 1.4 の文章に補足と修正を加えた (単位系を, 本文に合うように rationalized Lorentz-Heaviside unit から Gaussian unit に変更した) ものを示しておこう.その理由は, 問題 9-10 に解答するには, 本文のようなラグランジュ形式による議論を用いたのでは難しく感じたためで, 一般的なハミルトニアン形式による議論をしている分かり易い参考書を漁った結果である.

電荷が存在する場合の電磁場
古典電磁気学
電磁場中を, 例えば電子のような電荷が運動している系のハミルトニアン は, 3つの部分から構成される:物質 (即ち電荷) に関係する部分 , 電磁場に関係する部分 , そして物質と場の間の相互作用を記述する部分 である:
電荷 を持ち位置座標が の質点 の系の場合, ハミルトニアンは次となる:
ただし はクーロン相互作用
であり, また は 番目粒子の「
運動学的運動量」(
kinetic momentum) である.この は, 例えば原子物理学などで普通に用いられるハミルトニアンである.
電荷と相互作用する電磁場は, マックスウエル方程式によって記述される.「
クーロンゲージ」:
を引き続き用いるならば, 電場 (1.2) は横波の場 及び縦波の場 に分解される:
(縦波の場は, 条件: によって定義される).磁場は で与えられる.すると, 電磁場の全エネルギー は次のように書くことが出来る:
最後の積分項は, 「
ポアソン方程式」: を用いることで, 次式のように変換される (ランダウの § 60 を参照すべし):
従って縦波の場に伴うエネルギーは, 電荷間を「
瞬時に伝わる」(
instantanious) 静電気的相互作用である.
式 (1.56) は を用いることで次となる:
ただし, 最後の変形では点電荷で生じる無限大の自己エネルギー (即ち の場合) を除いた. 項は, 既に式 (1.55) のハミルトニアン に含まれている.従って, 電磁場の付加エネルギー, 即ち横波の輻射エネルギーとして次式を採用しなければならない:
式 (1.55a) の は, 電荷の瞬時のクーロン相互作用を考慮した式である.運動する電荷の電磁場との相互作用を許すためには, 物質のハミルトニアン (1.55a) を次で置き換える必要がある:
ただし は時刻 に於ける電荷 の位置 でのベクトルポテンシャルを表している.ラグランジュ形式の力学の意味で, 式 (1.59) の は位置座標 に「
正準共役な運動量座標」であり, それは 番目の粒子速度 と次式のような関係を持っている:
この「
正準共役運動量」 が「
運動学的運動量」 に還元されるのは の場合だけである. について式 (1.59) の形が正当であるのは,それが電荷に対して正しい運動方程式:
を与えるからである.ただし と は, その時刻に 番目電荷が存在する位置 (at the instantanious position of the
i th charge) での電場及び磁場である.
式 (1.59) の項は, 次のように再編成することが出来る:
ただし, 物質と場の相互作用ハミルトニアンである は次で与えられる:
場の量子論に於いて, 位置 に正準共役な運動量 は演算子 となる.それにもかかわらず,
式 (1.62) の 2行目で「 を で置き換えた」ことは, 今のゲージ条件(即ちクーロンゲージ): から正当なことである.式 (1.62) の を除いた部分は, 電磁場中を運動する電荷の一般的な相互作用を表現する式である.それには, 例えば電子のスピンに起因するような磁気モーメントと磁場との相互作用は含まれない.
上記の結果式 (1.55), 式 (1.58), 式 (1.59), 式 (1.62) を結合すると, 完全なハミルトニアンが次のように求まる:
この は, 電荷に対する正しい運動方程式を導くと共に, また 条件式: のあるポテンシャルに対して正しい場の方程式を導出するハミルトニアンでもある.
量子電磁力学
ハミルトニアンの式 (1.63) で記述される系の「量子化」は, 粒子の座標 と正準共役な運動量 を通常の交換関係に従わせ (例えば座標表示では ), そして輻射場を量子化することで達成することが出来る.電場の縦波成分 はマックスウエルの第2式から電荷により完全に決定されるが, それはどんな自由度も提供することはない.
式 (1.63) 中の相互作用 は通常, 相互作用しないハミルトニアンの状態間で遷移を起こさせる「摂動」として取り扱われる:
の固有状態は, の固有状態を とし の固有状態を とすると,やはり次の形をしている:
「双極子相互作用」の式 (1.40): と比較すると, 相互作用の式 (1.62) はベクトルポテンシャルが 2次である項を含んでいることが異なっている.その項は, 1次の摂動論に於ける「2光子過程」(即ち2光子の放出と吸収または散乱) を発生させることになる.更に, 式 (1.62) の第1項は磁気相互作用と の空間的変動による高次の効果を含んでいる.それは「電気双極子相互作用」の式 (1.40) には存在しない効果である.それらの様相は,「輻射遷移」や「トムソン散乱」への応用の中で説明しよう.
原子中の輻射遷移
原子の2状態間での遷移で, 一光子の放出や吸収を伴うものを考察する.この問題は「電気双極子近似」でも扱ったが, 今度は相互作用の式 (1.62) を用いて取り扱う.初期状態と終状態が以下であるときに, それらの状態間で起こる「放出過程」を考える:
ベクトルポテンシャルの展開として次式を用いる:
ただし は「
偏極ベクトル」であり と とは互いに直交する単位ベクトルであって, これらは「
波数ベクトル」 とも直交している:
また,「輻射場の量子化」から, と がそれぞれ運動量 を持つ光子の「
消滅演算子」と「
生成演算子」とすることが出来て, 次の性質を持つのであった:
よって, 演算子 は「
消滅演算子」だけを含み, は「
生成演算子」だけを含むと言える. は の正振動数部分, は の負振動数部分と呼ばれる.
すると,「
放出過程」に於ける「
行列要素」でゼロでないのは, 式 (1.62) 中の に比例する項から得られたものとなる:
従って,
この行列要素を用いることで, 単位時間当たりの遷移確率を計算することが出来て, 次を得る:
式 (1.65) と式 (1.66) 中の行列要素で指数関数を で近似できるならば, これらの結果は「電気双極子近似」に通じるものがある:
このことは,「遷移で放出される輻射の波長 が, 電荷の系 (ここでは原子の系) の 1次元的な寸法 に比べて非常に大きい, 即ち である場合」に成立する.原子の波動関数 と が の有効値を に制限する.従って と言える.この不等式は, 光学的な原子遷移に対して一般的に成立することである.運動方程式 及びボーアの振動数条件 とから, 次が言える:
従って式 (1.67) の近似をすると, 式 (1.67) と式 (1.66) は電気双極子
による次の近似式 (1.44) 及び式 (1.50)に還元する: