Rayleigh 散乱 ( 光子-原子弾性散乱 )


ファインマンの第6講に出現した「Kramers-Heisenberg公式」について, J.J.Sakurai;「Advanced Quantum Mechanics」 §2.5 では その公式を適用出来る例として Rayleigh 散乱を説明しているので, その記述を抜粋しておく.

Sakurai book cover

Rayleigh 散乱 (Rayleigh scattering)

式 (2.162) の「Kramers-Heisenbergの公式」には詳しく検討する価値のある特殊な場合がある.まず A=B, ω=ω の場合について議論しよう.この状況は「光の弾性散乱」に相当している.この問題はレイリー卿によって古典的に扱われたため「レイリー散乱」(Rayleigh scattering) とも呼ばれる.式 (2.162) を簡略化するために ϵαϵα を書き直す.そのために xp の交換関係, 中間状態 I の完全性, そして式 (2.124) を用いる.交換関係は次のように書ける: [1]単位ベクトルである「偏極ベクトル\mbϵ(α)」は, 光波の伝搬方向を波数ベクトル \mbk の方向とすると … Continue reading

[xϵ(α),pϵ(α)]=iϵ(α)ϵ(α)

従って,
ϵ(α)ϵ(α)=1i{xϵ(α)pϵ(α)pϵ(α)xϵ(α)}

行列要素 A|ϵ(α)ϵ(α)|A を考えると, 左辺は
(1)ϕA(x)ϵ(α)ϵ(α)ϕA(x)dx=ϵ(α)ϵ(α)ϕA(x)ϕA(x)dx=ϵ(α)ϵ(α),

右辺は中間状態 I の完全性を用いると,
1iA|{xϵ(α)pϵ(α)pϵ(α)xϵ(α)}|A=1i{A|xϵ(α)pϵ(α)|AA|pϵ(α)xϵ(α)|A}=1i{A|xϵ(α)(I|II|)pϵ(α)|AA|pϵ(α)(I|II|)xϵ(α)|A}=1iI{A|xϵ(α)|II|pϵ(α)|AA|pϵ(α)|II|xϵ(α)|A}=1iI{(xϵ(α))AI(pϵ(α))IA(pϵ(α))AI(xϵ(α))IA}
更に, 式(2.124) の関係式 pBAm=iωBAxBA または xBA=pBAimωBA を用いると,
1iA|{xϵ(α)pϵ(α)pϵ(α)xϵ(α)}|A=1iI{1imωAI(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA(pϵ(α))AI1imωIA(pϵ(α))IA}
ただし ωIA=(EIEA)/ である.さらに ωAI=ωIA を用いるならば,
1iA|{xϵ(α)pϵ(α)pϵ(α)xϵ(α)}|A(2)=1mI1ωIA{(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA+(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA}
以上の結果式 (1) と式 (2) から, 最終的に ϵαϵα は次のように書き直すことが出来る:
(2.164)ϵ(α)ϵ(α)=1mI1ωIA{(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA+(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA}

すると式 (2.162) の3つの項が組み合わさって次となることが分かる:
δAAϵ(α)ϵ(α)1mI[(pϵ(α))AI(pϵ(α))IAωIAω+(pϵ(α))AI(pϵ(α))IAωIA+ω](2.165)=1mIωωIA[(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA(ωIAω)(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA(ωIA+ω)]

更に ω が小さな値の場合 (ωωIAの場合) に正当となる次の近似式
1ωIAω=1ωIA(1ωωIA)11ωIA(1±ωωIA)

を用いると,
ωmI1ωIA[(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA(ωIAω)(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA(ωIA+ω)]=ωmI1ωIA2[(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA](3)ωmIωωIA3[(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA+(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA]
この第 1 項目は, 前の式 (2) で用いた関係 p=imωx を用いると,「交換関係」からゼロとなることが分かる:
I1ωIA2[(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA]=I1ωIA2[imωAIimωIA(xϵ(α))AI(xϵ(α))IAimωAIimωIA(xϵ(α))AI(xϵ(α))IA]=m2I[(xϵ(α))AI(xϵ(α))IA(xϵ(α))AI(xϵ(α))IA](2.166)=m2([xϵ(α),xϵ(α)])AA=0,

以上のことから, 式 (2.165) は式 (3) の第 2 項のみとなる:
δAAϵ(α)ϵ(α)1mI[(pϵ(α))AI(pϵ(α))IAωIAω+(pϵ(α))AI(pϵ(α))IAωIA+ω](4)=ω2mI1ωIA3[(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA+(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA]
この結果を式 (2.162) の微分散乱断面積の式に用いる.すると ωωIA の場合のレーリー散乱の断面積が次のように得られる:[2]砂川重信:「量子力学」の第 8 章 § 4 には,「Rayleigh 散乱の微分断面積」と「Thomson … Continue reading
dσdΩ=r02|ω2mI1ωIA3[(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA+(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA]|2=(r0m)2ω4|I1ωIA3[(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA+(pϵ(α))AI(pϵ(α))IA]|2(2.167)=(r0m)2ω4|I1ωIA[(xϵ(α))AI(xϵ(α))IA+(xϵ(α))AI(xϵ(α))IA]|2

従って,「長波長での散乱断面積は波長 λ (=2πc/ω) の4乗に反比例して変化する」(Rayleighの法則)ことが分かる.通常の無色ガス中の原子の場合, 典型的な ωIA に相当する光波は紫外線領域に在る.従って ωωIA という近似式は, 可視光領域における ω に対して有効である.この理論は「空が青く夕日が赤い理由」を説明するものとなっている.

References

References
1 単位ベクトルである「偏極ベクトルϵ(α)」は, 光波の伝搬方向を波数ベクトル k の方向とすると (ϵ(1),ϵ(2),k/|k|) が右手系を構成する基底ベクトルの組になるように ϵ(1)ϵ(2) を選ぶのであった.従って ϵ(α)ϵ(α)=δα,α が成り立つ.また, 位置演算子 x と運動量演算子 p の交換関係は [xi,pj]=iδij と書くことが出来た.従って ϵ(1)=i, ϵ(2)=j とすると, 例えば xpx との交換関係は [xϵ(1),pϵ(1)]=i と書くことが出来るし, 一般的には [xϵ(α),pϵ(α)]=iδα,α または [xϵ(α),pϵ(α)]=iϵ(α)ϵ(α) と書くことが出来る.
2 砂川重信:「量子力学」の第 8 章 § 4 には,「Rayleigh 散乱の微分断面積」と「Thomson 散乱の微分断面積」との関係も示されている:
dσdΩ=(8164)ω4ωB4r02|ϵ(α)ϵ(α)|2=(8164)ω4ωB4dσTdΩ

ただし dσTdΩ は「Thomson 散乱の微分断面積」である.また ERyd を「Rydberg エネルギー」すなわち「定常状態に於ける原子内電子エネルギーで n=1の場合」としたとき, ωB は次式で定義される量である:
ERyd=ωB,whereERyd=mc22α2=22ma02=13.61eV

ただし α=1/137.036 は「微細構造定数」,また a0 は「Bohr 半径」である.